そういうこともさることながら、どちらかといえばそれは後知恵というのでしょうか、根本の話じゃない。 当時の大蔵行政の中で、関西地区におけるいわば過少資本の、あるいは当時既に例えば幸福銀行も債務超過にあったということもきちっと示達書にも出ておったにもかかわらず、それを隠して事業を進めさせ、またそれぞれの関西地区における弱った金融基盤の銀行を何とか救済するためにこういう仕組みを、どなたが考えついて大臣にそれを推し進められたのか私はわかりませんが、しかし、近畿財務局を中心とする大蔵の検査能力や、あるいはこの近畿財務局の財務局長をやった方々ほど接待丸漬けになった現実もございます。 何かそういうところに関西の魔物的なもの、関西出身の方ご
