終わります。
終わります。
本日は、お招きいただいてありがとうございます。大変光栄に思っております。よろしくお願いいたします。 私の本日の意見陳述は、国連平和維持活動、いわゆるPKOについてだけ陳述したいと思います。 PKOとは、国連安全保障理事会が承認し、国連が統合指揮をとるものであります。そもそもPKOというのは、武力介入という強制措置でありながら紛争当事者全ての合意がある、つまり国連憲章において第六章と第七章の中間にあるということで、六章半というふうに言われてきました。 多くの場合、ある紛争国の政府と反政府勢力、これを日本流に言いますと国家と国家に準ずる組織、国準との間に内戦が起こって、やがて停戦となる、その双方が、中立な存在としてのPKOが
カンボジア以来、いわゆる国連PKOでずっと自衛隊が頑張ってきましたけれども、一発も撃たずに済んできました。事故は起きていません。これをどう捉えるかの話なんですけれども、政府の管制能力がしっかりしていてそれを未然に防いだという言い方もできると思いますけれども、現場の感覚ではちょっと違います。 僕は、さっき冒頭で陳述したように、自衛隊は撃てないんですね。それを一番わかっていたのは自衛隊員なんです。つまり、撃てる環境の法整備をして送っていないので、撃てないことがわかっているのは自衛隊員なわけですね、どんな危険な目に遭おうとも。ですから、今まで無事故で済んだのは、これはひとえに、現場に送られた自衛隊員の工夫と、薄氷を踏むような思いでの任
皆さん、きょうはこういう場に招かれまして、私、大変個人的に光栄に思っております。どうもありがとうございました。 私の説明は、お手元のレジュメに沿って行いたいと思います。カラーの図が入っているものでございます。 私伊勢崎は、二〇〇三年から二〇〇四年まで、日本政府の一応武装解除の方の代表といたしまして、国の一員としてアフガンに駐在しておりました。武装解除のことは、これからまた説明いたします。 それ以来アフガンには足を踏み入れていないんですけれども、いろいろと国際会議その他で呼ばれることがありまして、ついこの九月、先月であります、冒頭にありますアワー・エンゲージメント・イン・アフガニスタン・インターナショナル・パーラメンタリー
美しい誤解というものは、多分美しい誤解だから優しいものだとお思いでしょうが、大変緊迫したものでして、これは脅迫に近いんです。はっきり言って、内政干渉でございます。 つまり、武装解除といういわゆる社会の通念がないときに、特に我々が武装解除を始めたときは、相手はムジャヒディンですからね、聖戦の戦士ですよ。武士です、戦国時代の。彼らにとって、武器というのは武士の魂なんです。武装解除という言葉を発することでさえタブーだったんですね。その社会通念を変える。これは、広報戦略も含めて我々は戦略的にやったんですけれども、それにも増して、とにかく日本国民の血税である我々の支援金を中立性が確保されないプログラムには使わせないということを我々は迫った
まさしくそのとおりでございます。 二〇〇三年当時のアフガニスタン、我々のカウンターパートは二人の重要人物がおりまして、一人は当時のUNAMA、国連の政治ミッションですね、それの特別代表であったラクダル・ブラヒミ特使であります。 彼は、国連の中ではカリスマですけれども、日本を本当に、日本の中立性を前に出して僕らを元気づけていただいた。もちろん当時、国連は、ここらはアメリカの戦争の土壌ですので、いわゆるロープロファイルに徹したわけですね。我々とラクダル・ブラヒミさんは、ライト・フットプリント・アプローチという国連のアプローチをずっと固持していて、国連が前に出ないというアプローチをずっとやっていたんですね。だから、日本をかわりに前
これをやるべきだということは僕も自信を持って言えるんですけれども、果たして、日本が現実的にそれを責任とってやる場合、日本に人材がいるのかいないのかという、その辺の問題を考えなきゃいけないと思うんですね。 でも、僕の構想では、これはDDRがそうであったように、協力者を、つまり国際社会を一枚岩にする、そういうロビー活動がまず前提にあるんですけれども、それができる少数の日本人のチーム、それとそのヘッドである全権を持った大使、それが行けばこれは可能だと思います。 全権を持った大使というのは、これは多分、外務省も外部まで採用の枠も広げて、いわゆる官僚的ではない人、少し政治的な発言もできる、そういう粘りのある、なおかつ少しセクシーなこと
構想は、まず現地に飛ばないと詳しい計画ができないんですけれども、基本概念は一緒です。それはどういうものかというと、現場に全権を置くということであります。日本のODA政策すべての全権を置くということであります。なぜかというと、ODA大国というのは一番政治的な発言ができる地位にいるわけですね。なぜかというと、言うことを聞かなければODAをとめると言えばいいわけであります。それを言える権限のある人間を現場に置くということであります。これは大変大切であります。 これはちょっと残酷のように聞こえるかもしれませんけれども、私が冒頭発言させていただいたように、アフガンというのは大変今腐敗した国家であるということ、これを忘れてはならないというこ
私は、いわゆる軍の存在を否定する立場は政治的にとっておりませんで、同じような話を自衛隊の幹部学校でも講師として毎年二回ずつやっておりますし、私は、自衛隊というのは日本独自の平和的な活用ができる極めて優良な軍事組織だと思うし、それを実感しております。 その前提で物を言いますと、アフガンにおいて、果たして、日本の自衛隊が日本にしかできないような貢献をする、できるような状況になるのはいつか、わかりません。本当にわかりません。なぜかというと、今何も見えない状態です。この実感をぜひ政治家の皆さんにわかっていただきたいんですね、行けばわかるんでしょうけれども。 それで、行って、とにかく現場の指揮官たちに会えます、時々カブールに来ますから
タリバンの政治的な和解に関しては、私のレジュメに書きましたように政治的な打撃というのはかなり大きくて、その一例は、冒頭で説明しました九月のベルリンでのクローズド会議では、アフガンからの議員の代表団の中に女性議員が三人いたんですね。我々がタリバンとの和解のことを議論し始めたら、女性議員がかなりヒステリックになって、立ち上がって、やめてほしいみたいなことを言われたんですね。それは、やはりタリバン時代に女性への迫害ということがあって、女性というのはタリバン時代の負の遺産の本当の犠牲者ですから、女性の国会議員のリアクションを見ても、タリバンとの政治的な和解というのが一筋縄にいかないということは確かです。 でも、カルザイさんの立場に立って
ありがとうございます。 立教大学の伊勢崎でございます。今日は御招待いただきまして誠にありがとうございました。 私の今日の発表は、アフガンにおけるDDRという、武装解除、動員解除という、日本政府が責任を持って取ることになりましたアフガン復興の一メニューについてお話を申し上げます。(資料映写) これがアフガンの地図でございます。 もちろん、南東部においては、話題になっております対アルカイダ、タリバンの掃討作戦がいまだに続いておりまして、アフガンの復興の特徴というのは、そのほかの国連が主導を取る復興とは違いまして、いわゆる戦争プロセスと平和プロセスが同時進行していることに一つの特徴があると思われるわけであります。 DD
ありがとうございます。 まず、軍事監視の話なんですけれども、これは普通、通常、国連がやる場合でも、国連PKFはもちろん中立な抑止力として武力の中立な抑止力として現場を確保するために配備されるんですけれども、例えば武装解除であるとか敵対勢力の信頼醸成を行うと、そういう作業というのは非武装の中立な監視団がやるというのが一つの通例になっております。 これは非武装であるからこそできる仕事で、もちろんそういう話合いができるための信頼醸成、いわゆる武力的な信頼醸成をつくるのは中立な抑止力としての武力なんですけれども、実際的な話合いを取り持つのは、これは非武装の人間がやると。通常の国連のオペレーションですと、軍事、これは各国からの将官レベ
ありがとうございます。順番にお答えします。 武力の調査なんですけれども、やはり御想像のとおり非常に難しいオペレーションでありました。なぜかと申しますと、信頼醸成ができてない、特にDDRの初期の段階というのはまだそのプロセス自体に信頼感がありませんので、武器の調査のために中央から送られた国防省の人間を受け入れるのを拒否ですね、これはすごかったんでございます。 さっき申しましたように、こちらには武力がありませんので、何が唯一の頼りかと申しますと、カルザイ大統領のやる気だったんです。それだけです。つまり、当時からカルザイさんはカブールの市長だと言われていました。つまり、地方に覇権が及んでなかったんですね、やはりね。とにかく、そうい
今回のDDRにおける日本人の人的貢献についてお答え申し上げます。 いろいろな側面がございまして、まず私の派遣から、大体が僕、本当に私しかいなかったのというくらい突然来たわけですね。私はその前に、さっき申し上げましたように、国連で一応シエラレオネというアフリカの小さな国でDDRを一つ成功しておりますので、その功績が一応外務省に知れ渡っておりましたので今回のお話があったわけでございます。日本が主導するといっても、果たして日本のチームが作れるのかどうかということ、それが問題だったわけでありますね。 当時、外務省が僕に言ってくれたのは、大使館の中にDDR班を作って、僕が班長になってその下に日本人を付けると、外交官を付けると。もしよか
ありがとうございます。 アフガンの特徴なんですけれども、これも私のプレゼンの中で申し上げましたように、武装解除プログラムというのは、これはウエポンフリーソサエティー、つまり銃のない社会をつくることを目的としておりません。してないんですね。そういう社会はないわけですから、地球上にこれはもうしようがない。若しくは、場所によっては狩猟で生計を立てている貧しい人たちもいますので、そういう問題も加味しなきゃいけないということで、通常、武装解除のプログラムでは、英語で言いますとウオーウエポン、つまり戦争兵器とドメスティックウエポン、これは一般兵器、ショットガンとか小銃のたぐいですね、あれを区別いたします。 通常、このポストコンフリクトで
大変センシティブな質問をいただきまして、多分襟を正してお答えしなきゃならないんですけれども、その前に一つ分かっていただきたいのは、今回のDDRというのは大変大きなテーマで、日本はチャレンジして、それを成功いたしました。これは、さっきも言いましたように、軍事的なものに非軍事的にかかわって、それが見事に成功したわけであります。これは外務省、正確に申しますと中東二課、若しくは現場の当時の駒野大使、その後引き継がれた奥田大使の大変な努力があってこれができたわけでございまして。 でもしかし、よくやったんですけれども、やはり今振り返ってみますと、これをもう一回やるときに、果たして僕はまた引き受けるか、若しくは日本ができるかということになりま
これも大変難しい質問で、まず自衛隊は、僕は自衛隊は現場で扱ったことないわけです。ほかの国の国籍の軍隊とは一緒に働いたり、まあ暫定統治をやった東ティモールでは僕のいわゆる、これは皆さん驚くかもしれませんけれども、文民である僕の指揮下にあったこともありまして、PKFがですね、そういう意味で、日本以外の軍の経験はあるんですけれども。 そういうことから、今、自衛隊の今まで報道されている海外での行いを見ますと、自衛隊というのは非常に、いわゆる品行方正さでいいますと世界最良の軍事組織だと僕は思っております。つまり悪さしないんですね、本当に。大方の海外の部隊が行きますと、必ず変なこと起こします、現場で。それは婦女子に対するセクハラであったり、
ありがとうございます。 今、DDR、DDRって国連も一つのパッケージとして、紛争解決のですね、これ非常に定着しつつあるわけであります。国連のPKOというのは、今世界で今同時進行しているのが、幾つか今言えませんけれども、かなりあって、そこでやはり紛争直後の紛争解決のマンデートを持って展開しているミッションに限っては、必ずこれDDR部というのがあるんですね、コミッティーが。そのぐらい定着しているものなんですね。 一つ危険性がございまして、つまり印象を与えてしまうわけです。つまり、平和を金で買えると。そのRの部分で釣れると。これは間違いでございます。絶対間違いでございます。金では解決できません。普通のDDRですと、そういうことをし
ありがとうございます。 その非合法軍閥の問題ですね。これは今DIAGというプログラムでもって、これは日本政府も継続的にお金を出してやっておると思うんですけれども、ここで注意しなきゃいけないのは、非合法ですよね、非合法です、合法じゃないということであります。 今までの武装解除というのはこれは軍閥、軍のものであります。これ非合法ですから、これ法と秩序のこれは問題なわけです。つまり、管轄は軍から警察に移るべきものです、これ、今。今までは非常事態ですから軍が法と秩序を担っていたわけですね、それは非常事態ですから。通常の事態であれば、法と秩序というのはこれ警察若しくは司法で秩序を保つ、それがやはり人間の社会のあるべき姿なわけであります