濃縮ウランをつくるということは、つまりアメリカから濃縮ウランを買うという束縛から自由になるということで、日本の原子力を自立させるために必要な段階だとは思うわけです。しかしながら同時に、アメリカからもらっている間はアメリカがいろいろな規制をしていてくれたと思うんですが、日本が独自に濃縮ウランをつくったときに、それが原子兵器の弾頭に転換されないということのためのいろいろな用心というようなものはちゃんとやっているんでしょうか、どうなんでしょうか。
濃縮ウランをつくるということは、つまりアメリカから濃縮ウランを買うという束縛から自由になるということで、日本の原子力を自立させるために必要な段階だとは思うわけです。しかしながら同時に、アメリカからもらっている間はアメリカがいろいろな規制をしていてくれたと思うんですが、日本が独自に濃縮ウランをつくったときに、それが原子兵器の弾頭に転換されないということのためのいろいろな用心というようなものはちゃんとやっているんでしょうか、どうなんでしょうか。
その心がけの話を聞いているんではなくて、例えば濃縮ウランが盗まれないためにどういうことをしているかとか、それから投入したウランの量と出てきた濃縮ウランとの量とが帳じりがうまく合っているかとかというような検査体制がちゃんとしてないといけないわけですね。そういう手の打ち方はしているかどうかを伺っておるわけです。
次に、六ケ所村でいろいろな現地の反対運動が熾烈に起こっているというふうに伺っておりますが、この反対運動がどういうものであるか、それに対してどう対処しておられるか、これを伺いたいと思います。
いわゆる広瀬隆現象というのがありまして、過去における反対運動と反対運動の質が非常に変わってきている。お役所の方でもあるいは電力会社の方でも、社会の雰囲気が昔と随分違ってきているという認識を持って事に当たられないとよくないと思うんですが、その話は伺ってもいい答えが出てきそうもないからやめておきます。 これは大臣に伺おうかな、だれに伺おうか。 原子力に対するいろいろな攻撃もございますが、普通の石油、石炭の方に対しましても、地球温暖化のおそれがあるということで、いろんな意味でエネルギーの消費に対する攻撃が始まっているわけです。いやでも応でも省エネルギー、エネルギーの節約ということをやらざるを得ないと思うんですが、通産省としてはこの
大臣の大変立派なお考えはありがたく承りましたが、再度省エネルギーについて申し上げますと、第一次、第二次オイルショックで日本のいろいろな会社はいやが応でもエネルギーを節約せざるを得なくなって、大変省エネルギーの実効を上げたと思うんですね。ほとんど考えられないほど立派な成績を上げたと思うんですが、それだけにもう一遍オイルショックが来たときには、その上さらに省エネをやるということはもう知恵としては出尽くしちゃっているという感じがするわけです。もっと本質的な意味での、つまり政策としての何か省エネルギー政策といったようなものを立てなけりゃいけない時期に来ているんじゃないかと思うんですが、通産省でその方の御勉強をしていただければ幸せと思います。
ありがとうございました。
ちょっと腰を痛めておりますので、皆様に大変失礼でございますが、座ったまま発言させていただきますのでお許しください。 私は、午前中の同僚委員の御質問と違いまして、主として大臣の所信表明へ向けての質問をいたし、法案そのものについても後でちょっぴりやりたいと思っております。 そこで、大臣の所信表明なるものを拝見いたしましたんですが、それを拝見いたしましていささかがっかりしたわけでございます。と申しますのは、五月二十三日、前通産大臣の三塚さんが衆議院の商工委員会でお話しなさっているときの所信表明とほとんど同じなんです、一言半句も違わないとは言えないんですがというのは、三塚さんは何か「就任後まず欧州を訪問し、サッチャー首相を初めとする
お話しのとおり、国としての連続性、あるいは政府としての連続性というのかな、そういうものからいってまた非常に違ったものが出てきても、これもまた大変困ると思うんですが、新大臣の何かお人柄がにじみ出るようなものがあってもよかったのではないかと私は思います。でないと、本当に、少なくとも参議院は衆議院のカーボンコピーだと言われているのを文字どおり体現したようなことになりまして、ある意味では参議院べつ視ということにもなりかねないと思うんです。 それで、中身に入っていきたいと思いますが、私の見るところでは、通産省というのは戦後一貫して大変立派な仕事をしてきたと思うんですね。国際的にMITIと呼ばれて日本株式会社の総代理店のような役割を果たして
ありがとうございました。 いろいろな面で変わっていると思うんでございますが、これから申し上げることは私としてはちょっと恥ずかしい。私は元来物理学者でございまして、経済のことは何もわからない。商工委員会に入っておりますのは、商はわからないけど工がわかるということで入っているので、これから申し上げることは商の方なんでちょっとぐあいが悪いんですが。 三、四年前に新聞で、日立製作所が物をつくってもうけるよりはお金の利子でもってもうける方が多くなったということが書いてありまして、私は非常なショックを覚えたわけです。つまり、私は経済というのは一生懸命物をつくってそれで稼ぐことだとばかり思っておったんですが、そういう時代は通り過ぎて、お金
今のお話で多少はわかったんですが、お話によると経済企画庁が大いに今の問題に絡んでいるようなので、企画庁の立場からちょっと説明してください。——用意してないの。でも、こんなのは常識でしょう。——だれもいないの。 じゃ、私の間違った資本主義観からいいますと、資本主義に二色あるという感じがするんですよ。一つは、額に汗して稼いでもうけるというそういう資本主義、清教徒的資本主義があると思うんです。それからもう一つは、お金を貸してもうけるという資本主義、金融資本主義というのかな、ユダヤ的資本主義と二色あると思うんですが、今やだんだん後者の方に比重が移っていってしまう。これは人間の精神の健全性にとって非常に悪い兆候だと私は思うんですね。こうい
そういう意味合いから後にしようかとも思ったんですが、このきょう出ている法案ですね、民活法案の一つだと思うんですが、民活というときに何か今おっしゃったようなフィロソフィーを持ってやっておられるのかどうかという点を確かめておきたいんですが。
ちょっと話題が変わりますが、大臣の御説明の第二というところのおしまいの方に、第二は全体としては世界経済全体への寄与、関係ということなんでしょうが、その中にどうしてこれが入ってくるのか理解できないところもあるんですが、「地球温暖化やフロン問題などの地球的環境問題について」云々というお話がございました。これは非常に大事な問題で、ぜひこの問題には日本政府としても真っ正面から取り組んでいただきたいと私は思っているんですが、ここへ出てきているのは、外国とのおつき合いでやりますというような感じが濃厚なんですが、そういうことなんでしょうか、これは。
非常に力強いお話で、その線で大いにやっていただきたいと思うのでございますが、ちょうど一年ぐらい前にこの委員会で通したフロンの製造の制限が、その後国際的な場では制限どころでなくてもう全廃をしようというよう左ところへ話が進んでいるようで、そのこと自身また結構なお話なんですが、フロンの場合には、フロンというやや高度の化合物をつくる会社というのはたかが知れておりまして、その会社さえ納得してくれれば、フロンガスの生産制限をするということは可能なわけです。ところが、地球の温暖化で要するに炭素を含んだものを燃やしてはいけないという方の話は、これは非常に広範に行われていて、天然自然の現象の中にもありますし、非常に原始的な生活をしている人にもあります
大臣の頭の中だけで解決する問題ではもちろんございませんので、まず通産省の中にそういうことを研究するタスクフォースのようなものをつくっていただけたらありがたいと思いますが、もうできているんですか。
何か委員会のようなものとかあるいはシンクタンクを動員しているとか、そういうことをやっておられるんでしょうか。
先ほど大臣がおっしゃっていただいたことにもう少し密着したもう一つの厄介な問題を申し上げてみたいんですが、現在の使い捨て文化というやつですね。私たちの子供のころには一つ一つ物を極めて大事にして、捨てるというようなことはよほどのことでなければしなかったものなんですが、近ごろは使い捨て文化というものが、主としてアメリカの文化の影響だと思うんですが、広がってしまいまして、使い捨てするのがごく当然のことであるように思われているわけなんですが、私たちの育った時代から見ますというと、もうもったいなくてもったいなくて見てられないですね。皆さんの飲んでいる缶入りのビールは、中のビールよりも外のアルミの方がはるかに高いだろうと思うんですが、安いものだけ
いいお話なんですけれども、ただ、大臣は専ら資源の方にのみ注目されている、つまりソースの方ばかり考えておられるんですが、川下の方ですね、つまりごみ捨て、夢の島みたいなものを東京湾に次から次へつくっていって、今に東京湾全体が夢の島になりそうですね。ああいう方はみんな地方に任せてあって、中央官庁というのは全然関知しなくていいものなんですか。
それで伺いたいのは、なるべく余計な物が出ないような仕組みとして例えばどんなことを考えているかということです。
また話が少し変わりますんですが、この商工委員会で何度か議論になって、そのたびに聞く方も聞かれる方もはらはらしていた問題はココム違反問題なんでございますが、このココムというのは東側と西側というふうに世界を二つに分けてしまって、そして西側のいい知恵が東側に渡らないための何か措置だというふうに考えられているらしいんですけれども、元来は極めて軍事的なものであったはずだと思うんです。ですから、もう少しちゃんと軍事的なものに話を限定して、普通の意味の作業に常識的に使われているようなものにまでココムの輪をはめるのは私はおかしいんじゃないかと思っているんですが、最近米ソ間の霜解けと申しますか、ゴルバチョフのかけ声で昔ほどにらみ合っているという状態で
何かお話を伺っていると、ココムというのはアメリカがほかの国々に命令を下す場所であるような印象を受けるんですが、そうではないはずですね。どういう性格のものですか、ココムというのは。