金額的に言えば、やはり繊維の方が主力的になると思いますね。
金額的に言えば、やはり繊維の方が主力的になると思いますね。
大体私の方は絹、人絹、布帛ですね。あの当時登録がありましたから……、特紡とか、ガラ紡とかそういうものが主体です。
絹、人絹、それから布帛製品、特紡、ガラ紡ですね。この三つだつたと思います。
そういうわけです。
そうでございますね……、なかなかむずかしかつたですね。
いいえ、私の方は外の実績を買つてやりましたから。
ガラ紡や何かは、昔のあれはあんまりなかつたものですからね。それで布帛の方は、あれは工場がありましたから、工場自身に布帛の登録というものをやつておりましたから取れたと思います。これも合同してとれた形です。一軒々々ではそんな大きいものはありませんから、何社か合同して布帛の登録をとりました。
どれですか。
絹、人絹は権利を買いました。
そんなにはしなかつたですね。
それは金額から言つたのではありませんか。権利から言つたのではなくて、金額の問題ではありませんか。
ええ。
私は商売として政界に近付いたとか、そういうことは私はありません。私の終戦後の考えというものは、要するに二十年の終戦になつたときに私の考えたことは、要するにこれから世の中がどうなるだろう、これは私一人でなく国民が皆考えたことと思います。従つて昭和二十一年二月まで果して世の中がどうなつて行くかということを考えて、ずつと参つたのであります。段々世の中が乱れて参りまして、これではとてもいかんと、少くとも我々一応商人の端くれと申しますか、いくらかでも商売して行かなくちやならん、我々国民の一員といたしましては。これはとにかく商売と並行して社会的な問題を解決しなければならんのではないかということが、私共の商売を擁護する立場も勿論あるかも知れません
それは只今申上げた通り、要するに武器のない日本は治安ということが結局根本になりますので、治安を守るためには警察より他に日本のそのときの現状としてはなかつたのであります。従つて我々は神田に事務所があつた関係上、或いは自分の家が他にあつた関係上、少くともその土地のあれだけはこれはお互に治安に維持して行かなくちやいかんという建前から、たまたまそういうふうに防犯協会しか或いは協力会という話も出まして、いろいろ人からもお話があつた自分の趣旨にも非常に合つたことであるから、できるだけ協力しようということで先ずやりまして、その後その線に倣つた東京警察後援会というのがありまして、いざ事件が起つて総動員しなくちやいかんような場合は、やつぱり住所が転転
商工省の方は私直接、仮に繊維の仕事にしても、まあ一般では直接商工省と取引されるように思つておられるが、我々の商売というものは要するに協会がありまして、協会自体が動いておるものですから、直接私達から繊維局へ行つてとやかくいうということは余りないのです。ですから商工省にはそういう皆さんが、今委員長さんがおつしやられたような沢山の近付きがあるということはないと思います。
私は詰めかけておりません。
そのときの事情によつては商工省に行かなければならん場合もありますので、それは行く場合もありましたけれども、世間で一般にいう商工省に出入りしてそこから仕事を貰うということはなかつたと思います。
切符は小売屋さんから上つて来るものを卸売切符に切換えて、メーカーなりから我々が貰つて、又元に戻すだけの仕事ですから、切符操作だなんということは小売屋さんと卸売屋さんがやることでありまして、商工省に行つてそれをどうこうするということはありません。
私の会社自体にはありません。
私の方にはありません。