昔はお話しのように宿日直の職員がいたからそういうことはなかったと私も思うのですけれども、最近はお話しのように宿日直を廃止しちょったから、これはどうしても警備員か何か置かないと御指摘のような点が起きてくると思う。やはり公共施設ですから、これが焼けたら、これは大変ですよ。子供たちも迷惑するし、地域の人が迷惑ですからね。何らかの対策を考えなければいかぬので、ちょっと検討さしていただきます。
昔はお話しのように宿日直の職員がいたからそういうことはなかったと私も思うのですけれども、最近はお話しのように宿日直を廃止しちょったから、これはどうしても警備員か何か置かないと御指摘のような点が起きてくると思う。やはり公共施設ですから、これが焼けたら、これは大変ですよ。子供たちも迷惑するし、地域の人が迷惑ですからね。何らかの対策を考えなければいかぬので、ちょっと検討さしていただきます。
学校施設は非常に大事なものですし、それは子供たちにとっても市町村にとっても一番大事な施設ですから、その施設の管理保存という点について遺憾な点があってはいかぬと思うので、遺憾のないように私も最善の努力をいたしたいと思います。
私はお医者さんでないからよくわかりませんけれども、あなたの説明を聞いていますと、それはまことにごもっともでございますから、政府委員から答弁させます。
私はあなたと同感でして、やはり寄宿舎はこれは学校の施設の一部だと思っておるのです。これが教育の場なんですよ。私も学生時代にやはり寮におりましたが、寮というのは、お友達と一緒にいて自分も規律正しくやるから教育の場だというように考えておりますが、現在いろいろな状況で、文部省が認可する場合には事情はよく調べていますけれども、大学設置基準の中には入っていないのだろうと思います。 局長から答弁させます。
私は文部大臣になる前に大妻女子大学の学長をしていまして、狭山に三万坪の土地がありまして、そこで希望者全員寄宿舎に入れるようにしてきました。それから、大学もこちらでやっていますが、特に、男と女と違いますけれども、女の子の場合はちゃんと寮で守ってやらないと後で事故が起きたときに本当に困るのですよ。そういう意味でやっぱり大学は希望者は全部寮に入れるだけの設備を持つことが私は大事だと思う。そういう意味で私もよく指導したいと思います。
やはり知事さん、議会が十分理解してもらわなければならぬ。おっしゃるように、主任制度というのは学校で重要な職務でございますから、その重要な職務に対して手当を出すのは当然のことだと私は思うのです。これができないようなことはおかしいのだ、これができないようだったら学校教育は正常化されないと思う。そういう意味で、これは議会の方々、知事部局に十分理解していただいて——教育委員会の方は私は理解していただけると思うのですけれども、知事部局ないし議会人の皆さんに御理解をいただいて協力していただけるように強力に推進してまいりたいと思います。
主任手当は職務がそれだけ重いからこそ支給するのですから、当然の報酬なんだから、それを拠出するなんていうばかなことはないと思うので、私は主任手当はちょうだいして、その分、それだけ仕事の負担が重いわけだから、その負担を十分果たしていただきたいと思います。
確かに教育委員会も私はよくないと思う。先生の自覚が足りないと思う。これは自分が正当にもらった報酬ですよ。職務の重要性に対した報酬、それを寄付しろと言われたから寄付する、そういうばかなことは私はおかしいと思うので、まず主任の自覚を私は促したい。 同時に、教育委員会に適切な指導をして、そういうことの混乱の起きないようにやりたいと思います。
教頭につきましては、ことしの予算で措置をいたしましたから、詳細は局長から答弁させます。
よく検討さしていただきます。
中学校の生徒たちの全国大会を今度やるように、いままではその地域だけで全国大会を認めなかったけれども、ことしから中学校の全国大会を認めるようにしたい。ただ国体に入れるかどうかについては、これはちょっといろいろ問題があるので、文部省もそこまでは行っていないと思いますが、詳しくは体育局長から御報告させます。
お説のとおり、青少年の自殺あるいは非行がふえてきたことを私も非常に遺憾に思って、そんなことをしたら日本はどうなるのだろうと思って、私も日夜、新聞を見るたびに悲しくなるのですよ。どこに原因があるかということですが、私は簡単じゃないと思いますけれども、一つは確かに学歴社会、ある意味では試験地獄、子供が学校へ行って帰ってくると塾へ行って勉強ばかりさせられているのですよ。ですから、勉強がむずかし過ぎるのではなかろうかということで、このたび教育課程の改正を行いまして、基礎的、基本的なものに精選して、もっと学校を楽しくしなければならない。学校が子供たちの重荷になってはいけない。楽しい学校にするために、なるべく内容を整理してやったことが一つです。
いま御指摘のように、親が疲れるとおっしゃる、まことにそうですよ。確かに受験戦争もそうですけれども、私は見ておって、いままでの教育はむずかし過ぎるのですよ。私自身が孫の教育を見て、わからないのですよ、六年生。文部大臣がわからないのだからむずかし過ぎますよ。そういうことで、やはりむずかしいから今度指導要領を改正して、基礎的基本的なものに精選して、それだけはしっかりやれと言っていますから、まずその成果を見て、できるだけ基礎的基本的なものにして、親が子供に指導できるぐらいのものでなければ困ると思うのです。これが一つ。 それから、いまの受験教育ですけれども、これもおっしゃるように、高等学校だけでもうりっぱに社会人としていいので、大学へ行く
いまあなたのおっしゃるとおりなんで、私は、教育というものは何も英語や数学や理科ができればいい子だと思っていない。やはり幼児のときから動物をかわいがるとかあるいは植物を大事にするような、これも一つのことです。そして、そのことがやがて人に対して親切な人間、そういう人柄のいい人が私はいいと思う。 それから、いま一つ教育で大事なのは、何か一芸に秀でてもらいたい、何か一つでいいから。それは何でもいいと思う。 私はこの間、米川文子さんに芸術院会員になられたお祝いに呼ばれたのです。あの人は八十四歳だと言ったけれども、あのおばあちゃんが芸術一筋に八十四年ですよ。それでこのごろ芸術院会員になられて私、本当によかったと思うけれども、やはり何でも
私も、あなたの説に全く同感なんです。やはり学校を卒業した後で五年、十年たって、ああ学校の生活は楽しかったということが思い出になるように、ふだんから、家庭にいるのもいいですけれども、学校に来ている方が楽しいという気持ちを子供に起こさせるように、学校ももっと整備して、いまのようなマッチ箱みたいでは何か子供がかわいそうですから、もっと学校が楽しいように、環境も整備し、同時に学校の内容も、勉強ばかりではなくて、クラブ活動だとかスポーツ活動だとか、子供の好きなことを勝手にやらせるように、もっと自由にやれるように、そういう環境を整備するために、私も及ばずながら一生懸命努力してみたいと思います。
何か私が日教組をいじめたように言われるのは、私は非常に心外でして、六・三制を始めるときに学校教育法——私は実は英文学を専攻したので、アメリカと全部やったのです、私が。そこで学校教育法をやった。ところが、お金が全然なくてやれというから、シャウプ勧告で全部持っていかれるから、そこで半分の国庫負担金をやったのです、これは天野さんの文部大臣のときに。ところが、半分じゃどうにもならぬから、あとの半分を確保するために定数法をつくって、それ以来日教組と県とのけんかがなくなったのですよ。 その後で道徳教育あるいは勤評、学力テストで日教組とのけんかになってしまったけれども、私は人に対してそういう何か先入観なんか持っていないし、日教組であろうとどな
私も塾通いはよくないと思うのですよ。大体学校教育法にないのですよ、塾なんてものは。そういうものが全国に何万もあるというのは、日本の教育がいかに異常かということですね。そういうことは私はやはりよくないと思うので、それは一つは、教育内容をもっと精選して、基礎的、基本的なものにしようということで教育課程の改正をいたしましたけれども、おっしゃるとおり、塾が日本の教育を支配しているようなことは、これは間違いですよ。 それから同時に、お話しのように、学校もそうです、家庭もそうですから家庭教育もしっかりやっていただきたいし、学校も先生方が子供を本当に大切にしてりっぱに育てていただきたいし、先生と家庭、これが一体となってやってほしいと思います。
これは本当に大問題でしてね。私は毎朝新聞を見るたびに、自殺が出ると涙が出るのですよ。どうしてこうなったのだ、こんなことしたら日本の国は滅びてしまうと思ってね。それで子供たちを健全に育てることが大事だ。やはり学校が楽しくなければいかぬので、それはある意味で試験地獄もあるけれども、授業がむずかし過ぎちゃいかぬと思う。落ちこぼれのようなことになってはいかぬので、私は、子供が学校に来るのが楽しくてしようがない、そういう環境にしたい。先生と生徒、子供同士の仲間づくり、そして学校教育だけでなくて、クラブ活動とかいろいろな面で楽しい学校にしたい。そして子供たちが自殺をやらないように、生命を尊重するような風潮をつくっていきたいと思って、私も及ばずな
お話よくわかりますけれども、やはり法人には法人の立場がありまして、法人格をつくるわけですから、それは困る点があると思いますが、御趣旨はよくわかりますので、できるだけ親切に扱ってやるように私も指導してまいりたいと思います。
私も宮之原先生と同感でございまして、毎日新聞見るのこわいくらいです。必ず自殺が出てくるんですね。私はどうしたもんだろうかと思っているんですが、これはいろんな原因が重なっておると思うんですが、一つは、やっぱり子供が試験地獄で、いわゆる学歴偏重社会ですね、こういうものが一つの原因ではなかろうか。 それから、生命軽視の社会的風潮、やっぱり子供のときから私はもっと鍛えてほしいと思うんですが、何かこれはいろいろテレビ等の影響もあるんでしょうけど、何か簡単に死んでしまうというようなことはよくないので、私も子供のときに、四里の山道を毎日学校へ通ったけど、死ぬなんという気は起きなかったです。やっぱりがんばろうという気でがんばってきたんですけど、