委託して作業をお願いしましたのは、むろん知っておりますし、ただ、その委託の関係で天川氏のところへおそらく行っておると思います。その書類——お願いしますという意味の書類でございますね、そういったものがどういう中身であったかは、担当の参事官ではないから承知しないということを前会から申し上げておるわけでございます。それで、でき上ってきた性能比較の方法論については、むろん目を通しております。
委託して作業をお願いしましたのは、むろん知っておりますし、ただ、その委託の関係で天川氏のところへおそらく行っておると思います。その書類——お願いしますという意味の書類でございますね、そういったものがどういう中身であったかは、担当の参事官ではないから承知しないということを前会から申し上げておるわけでございます。それで、でき上ってきた性能比較の方法論については、むろん目を通しております。
天川氏とだいぶ前に、たとえば昭和三十一年ごろおつき合いしておりますころのお話では、日本も現在の86に次ぐ戦闘機を考えぬといかぬであろうというふうなことから、その場合にはスピード、要するに、要撃機と申しますか、そういった性能オンリーでいくのか、あるいは地上戦闘にも協力するような飛行機でいくのか、まずその防衛上の議論が先である。その上でどういうような要求性能の飛行機が必要であるということがきまってから、個々の飛行機の性能なり諸元を精密に調べるべきだ、というようなことをおっしゃっておられましたが、当時はむろん、グラマンというのは初期のころには出ておりませんでしたから、そういうグラマンがいいとかなんとかいう話はなかったわけです。86と1〇〇
あの資料は大蔵省としてもらった資料のようでございまして、部外には、天川氏にお返した以外には、配っていないようでございます。それからわれわれが候補機種を検討する場合にも、その後の新しいデータがどんどん入ってくるわけでございますから、別にあの文書について大蔵省からいろいろ話があったというふうなことはなかったように思っております。
その点は、私が作った文書でないのでございますから、よく承知しておらないのでございます。
まあ、普通の考えでございますと、これは一連番号というようなものであれば、むろんそれまでの連続した番号のものがあるであろうと思います。
あの文書は、冒頭にも申し上げましたが、極秘の表示はしてございますが、部内——あまり外に出さないでくれという意味の天川氏の御注文で、ああいう表示をしたように聞いておりますし、天川氏以外に外に出したというようなことは私聞いておらないのであります。
グラマンがいいとか何がいいという、はっきりした線を天川氏として打ち出されたことはございません。
方法論の結論は、この前もちょっと触れたのでございますが、たとえばスピードを比べる場合に、みな飛行機が同じ状態でなければいかぬ。たとえば燃料がほとんどなくなって非常に軽い状態で飛んだときのスピードと、燃料満載時の、しかもAAMなり機関銃のたまを満載したときのスピードとは違うのだから、従ってどういう状態で飛んだときの速力であるか、それを調べることとか、あるいは一定の高度まで上るときに、たとえば燃料満載で飛び上ったときのものであるとか、あるいは燃料を半分くらいで飛び上ったときとか、あるいはAAMを搭載してやったときのものとか、こういったふうの性能諸元を比較する場合に、単に表に出た性能だけ見たのでは、その基礎になる状態がふぞろいであるから、
先ほど申し上げましたように、別にグラマンがいいとかなんとかいう問題ではなくて、グラマンが途中から候補機種に上ってきたものでございますから、そういった天川氏にお願いした一般的な方法論に基いて、われわれはグラマンなりロッキードなり、ノース・アメリカンなりを比較したわけでございます。
これは内定の最後の国防会議がたしか三十三年の四月の初めでございましたから、われわれとしては、むろん三十二年の暮れころから検討に取りかかっておったわけでございます。そのころは、すでにグラマンが候補機種としてのなには出てきておったはずでございます。
たしか天川氏にお願いしました委託作業の成果は、三月のいつごろでございましたか、三月に入りましていただいておるはずでございます。従って、今の委託契約はそれで給付が完了したわけでございますから、当然なくなっておると思います。
そうでございます。
そういうことになります。
機種選定に関係いたしましたと申しましても、具体的に国防会議の議題にしようということで取り上げたのが、たしか三十二年の秋ころだったと思いますから、正式にはそのころから取り上げてやったということになります。
ございます。
あります。
あります。
あります。
ございます。
ございません