それはちよつと感じを申し上げただけであります。
それはちよつと感じを申し上げただけであります。
現在の感じでありますか。
正確に申し上げなければならぬと私も考えますので……。
当時の資料その他をひつくり返して見ますれば、あるいは記憶を喚び起せるかと思います。全然二年有半も仕事を離れてしまつておりますので、ここで証人として責任ある御返事をいたしかねるのであります。
感じということを申し上げまして、非常に申訳なかつたのでありますが、私がちよつと考えますと、終戰の当時日本の鉄鋼の生産力は、もう二十万トンを割つておつたのであります。実際の話が、その前の年も五十万トンくらいしかなかつたと思う。それで大陸にあれほどの資材を出しておつて、國内に鉄鋼七百万トンがストツクとして殘つておるということは、ちよつと感じとして出ない。そこで七百万トンは少し多いのじやないか、こう申し上げたのでありまして、そうかといつて、低く見積つても百万トンは少な過ぎる。というのは、事実は、その当時の資料を詳細に調べさしていただければ、大体私もここで御返事ができるかと思います。しかし大分長くこの仕事に全然タツチしておりませんから、その
進駐軍に対する関係では、そうであろうと思います。
実際の引受事務は各地方廳でやつたのであります。しかもこの軍需品が本土決戰というような関係上、非常に各地にばらまかれまして、一つの縣でも非常にたくさんあつて、縣知事が受領の責任者でありますけれども、実際にそこに行つて受領する者は警察署長であり、地方事務所長である。これはその引取りの実情上やむを得なかつたのであります。そこで引取りの方法もいろいろ部隊々々の考え方で違つたのであります。とにかくこちらに引受ける。ところがまた実際引受けてみますと、帳簿と現物と合わないような事例もその当時あつたやに記憶しておるのであります。それでその当時各地方々々においては、ある程度正確な資料というものが、引受けをいただきますとたんに手にはいつておるわけであり
これは連合軍からも、その記録は保持しろという、内務省に対する命令がはつきり來ておりますので、おそらく内務省は解体になりましたけれども、その仕事を引継いでおられるところには、はつきりした資料があると私は思つております。
それは内務省の調査局の仕事を引受けたところがどこでございましたか、現在の所管がはつきりいたしませんが、建設省ではございませんでしたでしようか。これは間違いかもしれませんから、どうぞそのつもりで……。
それはおそらく書類上はつきりしておると思います。引渡しいたします際に……。
というのは、第一線においてやつておることで、その当時は集計した書類はまだ本省の方に集つてきておらなかつた。ですからそういうようなことはどこで渡したというところまではつきり記録にとつておけという司令部の命令もありまして、第一線に繰り返し繰り返し記録をはつきりしろと言つておりますから、おそらく記録に載つておつて、逐次本省の方に集計されておるだろうと思います。
同じところだろうと思います。
そんなことはありません。報告したとか、報告しないとかというようなことは記憶がはつきりしないということを申し上げたのです。報告しないということは私もはつきり申し上げられません。さつきも申し上げましたように、兵器処理の問題は、今日非常に重大な問題になつておりますけれども、当時の情勢としまして、ああいうふうな決定をされたということはあまり問題がなかつた。それで何か非常に問題があつて、あるいは各省の間に意見が対立するとか、あるいは外部にいろいろ反対があるとかというようなことでありますと、こういう問題がありましたからいかがですかといつて指示を受けるとか、いろいろな問題があれば記憶もはつきりするわけですが、そういうことがなく、すらすらといつてお
地方々々の受領については非常に私ども関心をもつておりまして、いつ何日受領を開始する、同時に済んだということの報告を逐次とつておりました。引渡しの方は一々電報とか書類で報告をとつていなかつたように記憶いたしております。
年の暮くらいから引取りが相当活発になつたというふうに聞いております。十月、十一月ごろから仕事を始めまして、いろいろ委員会としても機構を整備して、当時はまだこの兵器処理の問題でも、引取りが重点ではなかつたかと思うのであります。処理の段階まであまりはいつておらなかつたというように私は記憶いたします。その引取りと申しますのは会社の方で内務省から受けて引取る。そういう意味の引取りであります。
それは内務省が一旦連合軍側からいただきまして、それを渡したわけであります。
そういうこともあつたかもしれません。いろいろめんどうで、事務を簡略にするために、記録さえはつきりすればよいというので、三者立会でやつたところもあつたかもしれませんが、建前は一旦内務省で引受けて、それをいろいろ処分の方法に從つて引渡すべきところに引渡すということになつておりました。後段で申し上げたのが常道であつたと思います。
その当時の記録を、目録というか、それをお調べいただけばはつきりわかると思います。
それはしかし最後の消費者にいたるまでの径路をはつきりしておけという向うの指示もあるわけでありますから、一切記録になつて殘つてなければならぬと思います。