当時、私は派閥の広報担当というか、ずっとそういうことをやっている。派閥活動の中では一種の情報担当をずっとやっておったわけであります。 この皇民党というのは、記憶をたどるわけですけれども、香川に本拠を持って西日本、福岡一帯を中心に相当な組織を持っておる、はっきり言いますとちょっと筋の通った右翼団体でありました。そういった形の中で、直接接触を図ろうと思っても私には手だてが率直に言ってありませんでした。しかし、私らの仲間も、同志もやっぱり何かいい手だてで話し合いがつけられないだろうかという形でおったことも事実でございます。 ただ、接触があったかということでございますけれども、当時の皇民党の総裁というのは稲本総裁でございます。大島と
