わが国における教科書の検定は、教育的な配慮に基づきましてその記述が客観的であり、同時にかつ公正であることを旨として行っているところでございます。外国からの批判に対しましては謙虚に耳を傾けまして、必要に応じて説明を行うなど誠意をもって対処してまいりたいと、こう考えておる次第でございます。
わが国における教科書の検定は、教育的な配慮に基づきましてその記述が客観的であり、同時にかつ公正であることを旨として行っているところでございます。外国からの批判に対しましては謙虚に耳を傾けまして、必要に応じて説明を行うなど誠意をもって対処してまいりたいと、こう考えておる次第でございます。
日中戦争が侵略的な性格を持つ戦争であったことは、私は率直に認めておるわけでございます。そのゆえにこそ、現行の教科書は日中共同宣言について記述いたしまする際に、かつての戦争はわれわれが深く責任を感じなければならない戦争であり、同時に厳しく反省しなければならない戦争だと、こう書いておる、かように考えております。
かつての戦争が厳しく反省すべき戦争であり、われわれが深く責任を感じなければならない戦争である、こういう認識についてはことごとくの教科書が明確に書いておるのでございます。このような認識の裏づけになる歴史的な事実、客観的な事実を教科書は記載すればよいのであって、教科書において「侵略」という言葉を使う必要はない、むしろ教科書の用語としては「侵入」とか「進出」とか、そのような客観的な言葉を使う方が適当である、かような判断のもとに検定をいたしておるわけでございますから、これは説明をすれば理解してもらえることだと私は信じております。したがって、改訂ということについて考えておりませんことは、けさほど来申し上げておるとおりでございます。 なお、
同じことを繰り返して申し上げることは控えますが、私は誠意をもって話せばわかる問題だと考えておりますので、当面改訂をしなければ解決しない問題だという判断はいたしておらないわけでございます。
現に任用されております者の身分を直ちに左右するということは、学校運営の面から申しましても、その者の生活の営みという点から考えましても、実際問題として困難でございますから、さようなことをするつもりはございません。文部省としては、この問題にかかわる法的な取り扱いの趣旨を踏まえまして、各任命権者において慎重に、かつ適切な取り扱いが行われることを期待しているところでございますが、最終的には任命権者の判断にこのことはゆだねたいと、こう考えております。
今度の問題は教科書だけの問題というよりは教科書が起爆剤となって出てきた問題だという仰せでございます。私も先生と認識を同じくしておるわけです。それだけに、たびたび申しておりまするように、先方の言い分には謙虚に耳を傾けなければならない、そして同時にきわめて慎重にかつ誠意をもって対処していかないとなかなかこの問題は片づかない、こう考えております。
恐らくただいま仰せのようなことが現状ではなかろうかという感じが私もいたしておりますので、ただいま御指摘もいただきましたので、今後改善の努力をしなければならないと思っております。
この法案が成立いたしました暁には、その趣旨を大学関係者に十分徹底させまして実効の上がるような運用をいたしてまいるつもりでございます。
ますます厳しい状況が出てきておりますことについては心から憂慮いたしております。したがいまして、事はすでに外交問題になっておるわけでございますから、外務省とも協議いたしまして、さらに当方の立場、当方の真意を正しく理解してもらうための方途を研究するつもりでございます。
教科書の検定は文部省の権限並びに責任において行っておるわけでございますから、もとよりこれを回避したり、あるいはそのように誤解されておるようで残念でございますが、民間の企業に転嫁しようというようなつもりはさらさらございません。ただいま決断というお言葉がございましたが、私の考えておりますることは、先般来るる申し上げておりますように、当方の立場、当方の真意を正しく理解してもらうために全力を傾注する、それによって問題を解決したい、このように考えておるわけでございます。
答弁が適切を欠いておったと存じます、恐縮でございます。文部大臣の責任並びに権限において検定を行ったわけでございます。
私みずから史実について調査いたしたわけでもございませんし、私が自分で検定の衝に当たったわけでもございません。検定については部下の報告を聞いておるだけでございますが、神社参拝を強制したという事実はあったということを認めざるを得ないと思うのでございます。ただ、これが朝鮮統治の全期間を通じてそのようなことを強制したと申すとこれは歴史の事実ではないという判断を調査官は持っておったのじゃなかろうか、こう考えております。
これは改善意見でございますから、申すまでもなく、これに従わなかったからといって教科書会社が不利益を受けるわけではございません。改善意見に従わなかった著作者も幾つかあるわけでございます。格別そのことを強調するつもりもございませんけれども、事実をありのまま申し上げておるわけです。
この方がよりよいと思いますがいかがでございましょうかという言い方で、調査官は著作者側に意見を述べたものと考えられます。
自衛隊が自衛隊法の成立をまってでき上がっておる、これは湯山先生も否定なさることのできない事実だと考えている。事実を事実として記載することを求めた。現にしかし、違憲論があることも事実でございます。両論を併記するのが教科書として正しい書き方である、客観的な記述であるから両論の併記をも認めておるわけでございます。
教科書は、かつての行為に対する厳しい反省に立脚して世界の平和を築いていかなければならない、そういう姿勢を貫いておるわけでございまして、歴史の教科書におきましては、そのような認識のよって来るところの事実を客観的な表現で書いておるわけでございます。さような意味で全体を見ていただけばわかる、こう申しておるわけであります。
これは、全部を読まないで歴史の教科書だけを読んだ場合には、客観的な事実を知ってもらえばよろしいわけでございます。 日本の行いましたことが、たとえば国際正義の観点から申しまして大いに批判すべき余地がありや否やは読んだ者が判断をする、これが歴史の教育というものだろう、こう考えております。
一般的に申しまして、一たび改善意見なり修正意見を受け入れて原稿を改訂したものをもとの姿に戻せという申請は認めがたいと いうのが検定に臨む基本的な姿勢だと存じております。 ただいまいろいろお尋ねがございましたけれども、検定という仕事は何分きわめて技術的な分野でございますので、私がことごとくこれを知悉しておるわけではございません。したがいまして、この点につきましては改めて初中局長から答弁をいたさせます。
文部省は一つの組織体でございますので、調査官が心得ていなければならないことのことごとくを私が心得ておるというわけにはなかなかまいりかねるわけでございます。お説は傾聴いたしておりますが、もう一度初中局長から答弁を申し上げさせていただきます。
ただいまの問題が正誤訂正の要件に該当するや否やということについては、なお十分検討しなければならない問題だと考えておりますので、この場で私の意見を申し上げるということは差し控えさせていただきたいと思います。