実態の説明をいたしてもらいましょう。
実態の説明をいたしてもらいましょう。
その調査の発表した実態を見ましても、小学校では服務時間外が二時間三十分で、学校行事の指導が十二分、補習、クラブ指導が九分、その他の課外指導が四分、間接授業指導が一時間十四分、間接課外指導が五分、命令の研修が十七分、これはもうたいへん小刻みに平均をとっておるのですよ。命令研修が十七分というようなとり方はあり得ないけれども、表の上ではそう出ておる。そしてなおかつ集計をして、五分とか三分とかいういわゆるクラブ指導などということはあり得ない。二時間も三時間もクラブ指導したのを五分とか十分とか削りつけて、二時間三十分のいわゆる勤務時間外が出ておる。それから事務活動おいても、管理職あるいは教務事務の分担があって十七分、学級経営の事務処理が二分、
私は超過勤務と言う。あなたは超過勤務でないと言う。超過勤務らしき態様はあるということは認めますか、認めませんか。
それならば超過勤務、こういう形になれば、超過勤務というものは個人個人によって違うものなんです。実態調査もそのとおり、観念もそのとおり、労働基準法の法規も個人個人に違うものなんです。それを何で超過勤務として一括して固定的なものにしたのですか。
時間ではかることが適当でないといっても、文部省は調査の段階で、調査を時間ではかっておるじゃありませんか。はかりで、重さではかってきましたか、文部省の調査は。時間ではかっておるでしょうが。それならばあなたは時間ではかったものを時間で出さないでどうします。一体あなたのものさしは何ですか。
教員の勤務の実態というその実態のはかりは何ですかと言うのだ。はかりを言ってください。文部省の調査は時間ではかっている。あなたは何ですか。
あなたは教員の超過勤務というものがあることは認めておるのでしょう。あるからこの法律をつくったのだと言う。あるならば、そのあるのを何であらわすかあらわし方です。私どもは時間であらわす、文部省の調査は時間であらわした。あなたは何であらわしたのですか。そのあらわし方、つかまえようは何です。
もう一回聞かなければならぬのは、あなたは超過勤務ということは認めたが、超過勤務というものの一体何たるかを御存じあるのかどうか疑わしくなってきた。超過勤務というものを、外国の法令でもかまわぬけれども、日本の法令で考えたら労働基準法が超過勤務のよりどころなんですが、なぜ労働基準法のよりどころをとらなかったか、そのとらなかった理由を承りたい。
そうすると、あなたは労働基準法を無視しているというか、労働基準法をじゅうりんしているというような立場をとっているわけですね、そうですか。
その適当でないという論拠がはっきりしないのです。適当でないという結果は、そういうことばでわかるでしょうが、しかし、その筋道が立っておらぬ。日本の国にはちゃんと労働基準法というものがあって、そうして超過勤務は時間で出ておる。それに、その労働基準法という法を適用できないで別ワクをこしらえよう、あなたのことばでいえば適当でないという、その適当でないという判断はなぜかというのです。判断をもうちょっと。ただ結論だけ言うたってしようがない、こうこうだから適当でない、こうおっしゃていただきたい。
あなたの説明を聞いておると、けさからたびたび超過勤務命令は出ていないからと、言いぐさのように言うが、出ていないのはあたりまえじゃないですか。だれも命令してないのはあたりまえですよ。あなたは超過勤務命令が出ていないからということを恩に着せたようなことを言うけれども、あたりまえじゃないですか。超過勤務手当も出ないのにだれが命令しますか、あたりまえじゃないですか。しかし、それであるにもかかわらず、命令をしないのにもかかわらず、そういう実態だということなんです。それから家庭訪問に行って、遠いのと近いのとあるのはあたりまえじゃないですか。そのくらいのことがあるのはあたりまえです。それはあなた、町工場の労働者といったって、お前はここでハンマーを
それじゃおかしいじゃないですか。あなたは時に超過勤だと言い、時によって超過勤とは言いません、二枚舌を使っているじゃありませんか。自民党から一番最初に質問したときに、超過勤と思ってもいいと思いますと言った。いまでは超過勤とは違います。どちらですか。
それならば超過勤というものは別に存在してもよいのですね。違うものをここに持ってきたのですから、超過勤というのは別にあるということですね。どうですか。
ちょっとはっきりしない。超過勤務とはとらないと言いながら、あなたは労働基準法に基づくところの一切のそういうものを破棄しているじゃありませんか。そうして超過勤をとったようなとらないような、一体どちらなんですか。
それじゃ、超過勤務というものを認めて、そうして超過勤務をやらしておるという実態があって、そうして超過勤務を見ないで別なものを見る、そういうのですか。
あなたはこういう方式をとったという、それは独善なんですよ。労働基準法というものがちゃんとあるじゃありませんか。その法律を飛び越えてこんなものをつくった、なぜこうおっしゃるのですか。四%という固定したものは超過勤ではありませんよ。あなたは四%という固定したものを超過勤とみなされますか。
超過勤務というものは個々別々な処遇にあるものなんです。それを一括プールして、固定した同じ四%というものを持ってくるというのは、もはや超過勤務の性格を離れておる、違ったものになっておるわけです。違ったものになっている以上は超過勤務というものを考えるわけにはいかないと思うのです。それは超過勤務を引き当てにしてこうなったんだけれども、超過勤務というのは別にあるんだ、こう考えていかれるわけですか。
時間外勤務手当はとらないでこういう制度をとった。それならば時間外勤務というものは別にあっていいのかと、こう言うのです。別にあっては悪いのですね。
あなたはダブっておると言うけれども、ダブリはせぬでしょうが。いまのところ超過勤務を四%にしているというならば、ほんとうに超過勤務というものが四%にコンクリートできるものか、そこから判断し直さなければ、それをぴしゃっとイコールに結びつくならば別に超過勤務というものがあるわけだ。ダブっては払わぬ、ダブらないでオンリーワンでいくならば、その四%は超過勤務手当に見合うかどうかという問題になる。どうなんですか。
超過勤務がある。あるのに対してこういう手当をつくったのならば、見合うだけの金を持ってこなければならない。それが一つある。見合うだけの金を持たねばならぬ。それと、超過勤務というのは個々に違うものなんだ。しかし、この四%は個々に違わないで、四%という給与に対する比例配分になっているんだ。超過勤務手当というものは、給与に対する比例配分で全部に行くと限ったものは、これは超過勤務という観念とは違うのです。