速記をとめてください。 〔速記中止〕
速記をとめてください。 〔速記中止〕
速記を起こしてください。 委員長から発言をいたします。 照屋寛徳君の質問についての答弁権限者は内閣官房長官中川君であります。目下、記者会見で当委員会場におりませんが、間もなく戻る予定であります。中川官房長官が戻り次第、中川官房長官から答弁をせしめます。 以上であります。 照屋寛徳君、質問を続けてください。(発言する者あり) 速記をとめてください。 〔速記中止〕
それでは、速記を起こしてください。
以上で照屋寛徳君の質疑は終了いたしました。(拍手) ─────────────
次に、堂本暁子君の質疑を行います。堂本暁子君。
以上で堂本暁子君の質疑は終了いたしました。(拍手) ─────────────
次に、石井一二君の質疑を行います。石井一二君。
ただいま石井一二君から求められました参考人につきましては、別途理事会で協議をいたします。
石井一二君に申し上げます。時間はゼロゼロ分に相なっております。
石井君、順序はどういたしますか。
以上で石井一二君の質疑は終了いたしました。(拍手) これにて質疑通告者の発言はすべて終了いたしました。 本日はこれにて散会をいたします。 午後五時十六分散会
本題に入ります前に一言前置きとして申し上げておきたい、こういうことがございます。 それは何かといいますと、このたびの新潟県警本部長、それから関東管区警察局長の不祥事についての責任のとり方、この問題でございます。この今の二つ、お話をいたしました新潟本部長に対する国家公安委員会の結論、それから管区警察局長に対しまするところの警察庁長官の措置、この二つにつきましては、余りにも軽いのではないかという批判がごうごうとしております。私も本件については、やはり問題があるな、軽いなというように考えるものであります。 しかしながら、この両者につきましての処分というものは、措置は既に発令済みでございます。およそ国家公安委員会といいますのは、時の
さて、この自自公連立でございますが、この連立につきましては、かねてから野党、それから一部マスコミから批判のあるところでございます。言をなす者によりますれば、これは政権維持だけのための連立である、あるいは政策なき野合だと。何を言っていますか。三党しっかりした政治政策合意のもとでこの三党連立が決まっているところであります。甚だしきは、これは衆議院だけに着目をしているのでありましょうか、議席七〇%を超す巨大与党が出現をした、こう言っております。しかしながら、我々参議院といたしましては、我が自民党は過半数に二十二名も足りない、そういう政党であります。 もうかれこれ二年前になりますが、前回の参議院通常選挙におきましては私どもは敗北をいたし
総理、我が参議院自民党は議長を入れて百八名でございます。入れなければ百七名。 次に、総理が提唱なさっておられる富国有徳、これについてお尋ねをいたしたい、かように思います。 まず、富国の方であります。 今日、我が日本の国民総生産は三兆八千億ドル、一人当たり国民所得はこれまた三万三百ドルということで、この二つの数字は世界的に見ましても有数な富める国だなということに相なるか、かように思います。また、去年一年で外国旅行をされた我々のはらからは一千六百万人を超えるというような数字に相なっております。 日常の生活の中でどうも日本は富めるとか豊かだという実感が伴わないという皆さんも、外国へ行きますとブランド商品のまとめ買いをすると
それでは、次の有徳に入りたいと思います。 徳とはうちの村上会長が高い品格だと、こういう本会議で定義づけをしております。私も、高い品格が日常の行為の中におのずと伴ってにじみ出る、これが徳のあるということではないかと、こう思っております。 かつて一国繁栄とかあるいは一国平和、こういう言葉が使われた時代がございました。自国の繁栄のみ、あるいは自国だけ平和であればいいというようなことは、これは基本的に間違いだという意味を込めてその言葉が使用をされたところであります。やはり日本という個だと思います。日本という個は、全世界という全、あるいは世界秩序という意味合いで公、この二者あるいは三者がうまく調和、均衡がとれておらなければなりません。
私は、ニューヨーク・タイムズ紙上に日本がなかった、寂しいなと思っておりましたが、総理、今のお話でございますと、クウェートに行かれた、ジャビル首長にお会いになられた、首相がそういうお話をなさった、まことにありがとうございました。私もこれでまた外へ出てその話を申し上げることといたしたい、かように思っております。 さて、総理、おっしゃいますような富国有徳の国、これが一つの理念だということであるとするならば、富国有徳の国はどうやったらつくり上げることができるのかな、こう思います。 まず、国づくりは人づくりということであります。そうして、人づくりは広い意味での教育であり、教育は国家百年の計だということだと思っております。やはりある程度
私はかねて藩校につきましては非常に関心を持っておりました。しかし、総理から何藩は何々、何藩は何々という具体的な藩校の名前と、そこからどういう大きな人材が出たかというお話を承りまして、本当にうれしい気持ちであります。群馬の藩校を忘れておりまして失礼をいたしました。 さて、人づくり、教育といいますものにつきましては三つの柱があります。一つは知育である、いま一つは徳育である、もう一つが体育という三つの柱によって教育はなされる。そして、その三つが、三本の柱が均衡よくバランスのとれた形で人づくりをするということによって初めて一つの人格というものができるのであろう、このように思っているところであります。 ただ、戦後、最近の教育、これを一
大臣、申しわけありません、抽象的なお話を承ったような感じがいたします。 徳育のためにはいかに具体的にやるかと。私は体験学習というようなものを具体的に提示をしているわけであります。次の質問とあわせてお答えをその辺まで敷衍をしていただければ、こう思っております。 人間というのは生まれたときは弱者そのものであります。シマウマにせよキリンにせよ、生まれ落ちた赤ん坊はもう直ちに立ち上がります。そうして、ぴょんぴょんとはねたりするものであります。しかし、人間の場合には、むつき、おしめでありますが、それからよちよち歩きというようなところから始まって、家庭教育あるいは学校教育、社会教育というようなものを受けながら一個の人間に成人をするという
総理、加えてお言葉をいただけるとか伺いましたが、よろしければひとつどうぞ。
会津もございます。