総裁から今、こういった経験を教訓として今後いわゆる為替の問題だとかそういったことにとらわれずに、総合的な判断で金融政策をやっていかなきゃならぬという趣旨のお答えがあったと思うわけでございます。 今、私が質問いたしましたのは、バブルの発生誘因にこの金融政策がなったんではないかというふうなことを申したわけですけれども、今度はバブルの崩壊過程でも、平成二年の公定歩合が、年初の四・二五%から八月には六%まで上げるとか、これは平成三年になって若干ダウンさせて年初の六%から年末には五%に下げるというふうなことをやりましたけれども、これもかなり急速な公定歩合の引き上げをやった。それから、マネーサプライにつきましても、昭和六十二年から平成二年ぐ
