現在行つております区画整理は二十四年にきまりました。五百万坪の戦災による焼失区域の区画整理の実施に当つておりまして、これの完成予定は一応二十九年となつております。なるだけ二十九年あるいは三十年に完了したいという心構えでおりますが、何分にも厖大な予算を要することでありますので、できるだけ早期完成を念願としておる次第であります。
現在行つております区画整理は二十四年にきまりました。五百万坪の戦災による焼失区域の区画整理の実施に当つておりまして、これの完成予定は一応二十九年となつております。なるだけ二十九年あるいは三十年に完了したいという心構えでおりますが、何分にも厖大な予算を要することでありますので、できるだけ早期完成を念願としておる次第であります。
標準は全体で焼失区域が六千万坪だと心得ておりますが、そのうちの一千万坪を計画とはしておりますが、現在国においても認められてやつておりますのは、そのうちのまた五百万坪ということでございます。
ちよつと数は覚えていないのです。
戦前に震災で一応やつておりますが、これは、あの方面をいわゆる副都心というような観点までは伸びておらなかつたわけでありまして、今度の区画整理では、あれを東の方の副都心として取上げて参るということ、それから、前の震災のときの区画整理の場合には、たとえば現在問題になつております広場なんというものもなかつたわけでございまして、そういうものもぜひ必要であるということから、広場なんかも取入れて、副都心の性格を持たして行きたいということから、一応前に区画整理したところでありますが、今回も焼失区域として取上げることになつたはわけであります。
実は、この計画を立てます時分は、私、局長またはその他の職員として区画整理にタッチしておりませんでしたから、そういうふうに聞いておるという意味で申し上げることになりますが、あれを歓楽街に——地形上というか、地柄といいますか、適当な地であるということから、そういうものを目的に入れて計画されたというふうに聞いております。
あの中には、都市計画街路とか、都市計画決定の広場とか、そういうものがございます。これは、区画整理をやります場合には、その範囲が入りますれば、なるたけそれにあわせた計画で進めて行くことになりますので、あの区画整理地区全体を東京地方都市計画審議会にかけるとかなんとか、そういう問題ではございませんで、区画整理地域の設計につきましては、施行者である知事が、建設大臣の認可を得て行う事業でございます。
区画整理の委員会の関係しておりますことは、換地に関する……。
今のは、私、区画整理の設計と思いました。御質問の意味が、都市計画路線あるいは広場の決定という範囲でございますと、都側から案を建設大臣に具申いたしまして、建設大臣が京京地方都市計画審議会に諮問されるという関係でございまして、知事が諮問するのじやございません。
さようでございます。
そうでございます。
地元の区画整理は、要するに、区画整理地域の土地の、四メートルの道路ができますとか、八メートルの道路ができるとか、そういうこまかいものまで全部を都市計画として決定はしておりません。都市計画として決定をしますのは、広場とか、幹線街路、補助線街路、要するにその中の重要な都市計画決定を必要とする広場、街路、そういうものに限つているわけでございまして、区画整理によつてできます一本々々の道路までも都市計画審議会で決定はしておりません。
その点をさつき間違えて申し上げたのですが、それは行政庁としての都が設計をいたしまして、建設大臣に申請して、認可を得て、それによつて知事が施行して行く。その区画整理区域内の道路とか広場というものを、またあらためて全般にわたつて建設大臣の認可を知事がとるわけであります。
そうです。
何の委員会ですか。
かかりません。
それは、換地に関すること、それから土地の補償金に関すること、それから過小宅地等に関すること、そういうものを区画整理委員会できめるわけです。
基本の方針と申しますと、要するに、その区画整理地域に広場がどれだけいる、あるいは道路がどれだけいるということから、換地の減歩がおのずから出て参るわけでありまして、その減歩によつて、たとえば甲の人の土地がどれだけ減るというようなことになつて参るわけでありまして、これは、委員会がきめると申しますか、公共用地がきまると、必然に減歩も大体きまつて参るわけです。
これは、私、はつきり記憶しておらないのですが、その場所場所によつてみな評価は違い、一律にきめ得ないというふうに存じております。
基本の方針はあると思います。
これは、あると思うのであつて、実際は事務当局によく聞いてみませんと、私、はつきりいたしません。あるのでしたらお示しできるだろうと思いますけれども、この点、つまびらかにいたしません。