いや、だから、さっきから何回も聞いているじゃないですか。推薦して任命するというそのサイクルが回るようになればそのまま任命するようになる、そういうふうに言っているわけですけれども、今は、そうじゃないんですかというふうに聞いているということをさっき言ったじゃないですか。 説明になっていないんですよ、官房長、さっきから。もう一回。
いや、だから、さっきから何回も聞いているじゃないですか。推薦して任命するというそのサイクルが回るようになればそのまま任命するようになる、そういうふうに言っているわけですけれども、今は、そうじゃないんですかというふうに聞いているということをさっき言ったじゃないですか。 説明になっていないんですよ、官房長、さっきから。もう一回。
では、確認ですけれども、先ほどあなたが言われた、推薦と任命のサイクルが回らなかったということですね。回らなかったということですよ。回らなかったから形式的任命ができなかった。回らなかった理由は何ですか。
確認ですけれども、それまではずっときれいに回っていたんだけれども、そのときだけ回らなかった、サイクルが回らなかったということですか。官房長。
余り時間がないから、では、次、質問を移りたいと思います。全然納得していないんですけれども、まあいいや。 続きまして、日本学術会議に伴う価値観についてお伺いしたいと思います。 よく皆さん、こういうときに中立という言葉を使われるんですけれども、中立って、言葉の意味は何かというと、対立する見解の中で誰も応援しないことというのを指します。なので、かなり消極的な言葉なんですね。中立というのは、誰とも関わらないです、誰も応援しないですと。公務員の政治的中立というのは、そういうことですね。公平というのは、全ての人を平等に扱うこと。全く言葉の意味が違うんです。 なので、日本学術会議のような組織が中立であるということは絶対にないんですね。
これはちゃんと通告のときに言ったんです。法哲学者か誰かに聞けばいいという話もしたんです。 もう一度言います。中立というのは、何か意見が対立するときにどちらも応援しないこと、これが中立です。公平というのは、全ての人を平等に扱うこと。そういう全く意味合いが違うものでして、世間でしょっちゅう間違って使われているんですけれども、放送法とかでもそうなんですけれども、公平であるというのは、そういうことなんですね。 もう一度聞きます。 日本学術会議は、今の学術会議は公平な組織か、そして、これからつくられていく日本学術会議は公平な組織であるべきか、いかがお考えでしょうか。大臣。
そうすると、公平である場合というのは、何に基づいて公平なのかという基本的な価値観が必要になるんですね。公平であるとするのであれば、日本学術会議が基礎として置かなくてはいけない価値観、ミッション、それは何でしょうか。大臣。
その価値観の範囲内において、日本学術会議は、政権を賛美したりとか、逆に批判をすること、これは可能でしょうか。大臣。
そうなんですね。その答弁は結構重要なんですね。政権批判をすることをもって、けしからぬとかそういうふうになることは、私、先ほど言いました、冒頭言ったように、私はデュアルユース研究を反対している人に対して何ら同意するものではないんですけれども、ただ、学術とか言論の世界というのは、賛美する、批判する、そういうものを受け入れるものでない限りは、しっかりとした組織とはなっていかないと思うんですね。 その上で、日本学術会議の内部マネジメントについてお伺いしたいと思います。 監事の権限がとても強いんですね。第十九条で、監事は、会議の業務を調査した上で、会長を飛ばして直接総理に意見提出ができます。監事が総理の意を忖度して、会議の在り方がけし
そんなことは一言も書いてないですよ、「会長又は内閣総理大臣に意見を提出することができる。」と書いてあるだけであって。 監査をして、そして、こいつ、けしからぬよねと、会長も飛ばして、しかも任命権者は総理ですから、この仕組みでいうと監事の忠誠心はどこに向かうかというと、総理に向かうんです。絶対に向かうんです。ましてや再任されるわけですから、再任を妨げないわけですから、自分を任命してくれて再任してくれるかもしれないという総理にひとえに忠誠心が向くんです。そうすると、総理の意向を体して、けしからぬよねと。 今、基本的には会長に最初に言うんですと言っていますけれども、それならそう法律に書くべきなんですよ。書いてないじゃないですか。書い
組織に忠実であり、この組織の将来のためには、まさに主任の大臣である内閣総理大臣の意向を踏まえて動くことが一番ベストであると監事が判断することは大いにあり得るわけですよね。そうなったときに、今、十九条での意見を上げるというのとか、あと、二十条での、不正の行為等々に対して、これまた内閣総理大臣に御注進に上がれる規定があり、そして、さらに、それを踏まえて、内閣総理大臣が直接権限を行使できるわけじゃないと言っていますが、四十九条では報告、検査が入っているわけですよね。そうですよね。 そういった様々な、これを言うと総理のところに話が行って、ずどんと来るよねという仕組みがある、そういうふうに見える、そう思ってしまうと、やはり余計なことは言う
いや、ほかの人と同じだからいいんですではないんです。 もう質問を終わりますけれども、大臣にもう一回お伺いしたい。 この仕組みの中で萎縮効果が働かないというのを論理的に説明いただければと思います。大臣。
かつてありましたよね、総理の意向ペーパー、官房副長官の御意向ペーパー。ああいうものが回らないことを保証する仕組みになっていないような気がしますけれども、そろそろ、質疑が終わりましたので、終えさせていただきたいと思います。 ありがとうございました。
最後十五分、よろしくお願いいたします。 四人の参考人の皆様方、本当に今日はありがとうございます。 まず、AIの話をするときに、一番こういうのに遠いところにある世界というのはどこだろうなというふうに思ったときに、私がいつも思うのが、この業界が一番遠いんじゃないかと思うんですね、政治の業界が。この中にも、恐らく、今日審議しながら、そうはいっても、余り俺は関係ないもんねと思っておられる方はまあまあいるんじゃないかと実は思うんです。 この業界は経験知に依拠した言論が結構有力なことが多いんですけれども、これは、松尾参考人と、そして選挙に関わったということで安野参考人に、こういうことについてどう思われますでしょうか。
私も全く同感であります。 続きまして、松尾先生に引き続きお伺いしたいと思うんです。 最近、二月だったと思いますが、科学誌ネイチャーを読んでおりますと、アメリカと中国のAIに対するアプローチが結構異なっているのではないかというような論文が実はございました。 アメリカは、やはり最も技術を突き詰めた、エッジの利いた技術の方にぐっと伸びていくんだけれども、実は、中国は、インダストリアルであったりとかマニュファクチャリングとか、そして広く途上国とかに展開していくような、そういう方に主眼を置いているということで、中国が目指しているのは、フロンティアAIではなくてマスマーケットAIだ、大量消費マーケットのAIなんだというような感じの論
ありがとうございました。 引き続き松尾先生、そして生貝先生にお伺いをさせていただきたいと思うんです。 去年、私は中国に行って、いろいろなAIの企業とか、ファーウェイとかも含めて見させていただきました。そのときにすごく感じたのが、目指す方向は一緒なんだけれども、結構制裁とかを打たれたりして、私は技術のことは全く分からないんですが、技術としては、何か全く違うプラットフォームが別個に発展していっているのかなというふうに見えたんですね、技術の細かいことは分からないですけれども。 二つ問いがあるんです。 今後、何かすごく雑に言うと、欧米型みたいなAIの発展と、そしてチャイナのプラットフォームで発展していくそういうAIというのが
続きまして、最後の質問になると思いますが、松尾先生と、そして田中先生にお伺いをさせていただきたいと思います。 先ほどから何度もデジタル赤字の話が出ていると思います。松尾先生の方からは、V字回復なんて、それはなかなか無理だよと。取りあえず止めて、可能性があれば、もしかしたら解消していけるかもしれないぐらいの言い方だったというふうに理解したんですが、正直、本当にそういうふうになれるのかなということすら私は今結構懐疑的でありまして、もしかしたら、国会で言うから、少しだけエンカレッジングなことを言わなきゃいけないと思って言っておられたりするのかなと思ったりするんですが。 これは、そうありたいと思いますが、本当にデジタル赤字の解消の方
終わります。
最後二十分、よろしくお願いいたします。 城内大臣、よろしくお願いいたします。 まず、先般、科学誌ネイチャーを読んでおりますと、AIについて、二〇二八年までには全てのオープンソースをAIが取り込み終わる、そういう論文がありました。社会の中に存在しているオープンソースのデータは、三年後には全てAIによって取り込み終わる、本当かどうか分かりませんけれどもね。 その後については、じゃ、どうなるんだろうというと、先ほど塩川先生の質疑にもありましたが、オープンソースでないもの、非オープンソースのものを活用していくという世の中があるんじゃないかというのと、あと、膨大なデータ、例えばゲノム解析みたいなものですね、スパコンみたいなイメージ
仕組みを設けたりとか、何かガイドラインを設けたりとか、そういうことは現時点で何かお考えになったりしているのでしょうか。
ありがとうございました。 続きまして、先ほどからずっと議論を聞いていると、AIというのは放っておくと自由に再学習したりして発展していくんですが、それを何らかの形で規制をしていくというときにどういう価値判断を挟むのだろうなということの議論が、皆さん方はされていたんだと思うんですね。どういう規制をするのか、どういう価値判断を挟むべきなのかというのが今後のAIについて大切になってくるんだろうというふうに思います。 アメリカのバンス副大統領と欧州首脳との対立のようなものも恐らくその中に位置づけられるのだろうと思います。今後、そういった表現の自由ということとか、知る権利とか、そういったものをめぐる相克というのは今後強まっていくんだろう