この決議はその後の総会でもずっと再確認されてまいっておるわけでございます。この決議にうたわれておることが根本的に変更されない限りは、現在の条約のままで差しつかえない。理論上の問題として、国際法で事情変更の原則というようなことが言われますので、そういうことが援用され得るような前提条件の根本的な変更がない限りはこれでよろしい、こういうふうに考えております。
この決議はその後の総会でもずっと再確認されてまいっておるわけでございます。この決議にうたわれておることが根本的に変更されない限りは、現在の条約のままで差しつかえない。理論上の問題として、国際法で事情変更の原則というようなことが言われますので、そういうことが援用され得るような前提条件の根本的な変更がない限りはこれでよろしい、こういうふうに考えております。
そういうものを予想することはいかがかと思いますが、ただ、理論上の問題としまして、この条約も他の一般条約と同様に、そういうような国際法の大原則には服するんだということでございます。
御質問の趣旨が私よく了解できておらないかもしれませんが、「イン・コリア」ということは、朝鮮半島全体を見て、その地域にはこの種の政府はこれしかないという判定を下しておるわけでございます。
どこにその政府があるのかわからない。それで、どこにおいて唯一という判断をしたか、唯一という判断をした場合のながめた地域がわからない、範囲がわからないということになると思います。
でございますから、ここでわざわざもう一度朝鮮の部分ということを離れまして朝鮮と言ったのは、北のほうのことも頭に入れながら、北のほうにはこういう種類の政府がないという判定をここで国連が下しておる、そういう趣旨に解すべきものだと考えます。
一ぺん朝鮮のある部分についてと申しながら、最後に締めくくりといたしまして、また朝鮮というふうにわざわざ申しましたのは、唯一のこの種の政府であるという判断をする上において、北のほうもながめて、北のほうにはこういう種類の政府はない、朝鮮全体でこういう種類の政府は大韓民国政府だけである、そういう判断をここであらわしているものと考えます。
そういう北のほうに政府があるとかなんとかということは一言もこの決議には言っておらないのでございまして、国連として、自分の目で見て、自分の見ているところで自由選挙が行なわれて民意を正当に反映している政府、合法政府と言い得るようなものはこれしかございませんということを、国連は言っておるのでございます。
ちょっといまおっしゃったことが正確でないようにも思うのでありますが、朝鮮における唯一のこの種の政府ということが決議の中に書いてあるわけでございまして、唯一のこの種の政府という直前には三つのことが書いてあって、一つは、国連が観察し協議し得た地域で朝鮮の人民の大多数が住んでいる地域を有効に支配しているということ、第二は、それが民意を正当に反映しておるということ、第三は、この選挙は臨時委員会が観察した、こういうことが書いてあるわけでございます。こういうことが当てはまり得る政府は朝鮮にはほかにないということを言っておるわけでございます。北のほうにほかに政府があり得るとかなんとかということを一言も触れておらないのでございます。自分が目で見、観
私は、国連決議はそういう印象を与えるためにこういう字を使ったわけではないと思うのでございます。それで、私が申し上げておりますことは、この書いてある字句の解釈として正確であると考えますので、別に、これを意識的に曲げない限りは先生のおっしゃるような意味は出てこないと考えます。
ある事実を認めるということと、ちょうどそれが国家なり政府であることを国際法上承認するということとは別だと思うのでございまして、もしある地域にできている政権を国家の正当な政府であると認めないとすれば、そこの国民であると称する者に対しては、日本政府としてはその国籍を有する者として取り扱うことが法律上不可能である、かように考えます。
事実関係は仰せのとおりでございます。
第二条で「もはや無効である」というのは、とにかくかつては有効であったということにほかならないわけでございます。それから、請求権問題と申しますのは平和条約第四条の問題でございますが、これは、国家間の賠償とか、併合していたことが悪かったというような意味の賠償とか、そういう趣旨の規定じゃございませんので、そういうことと併合条約がかつて有効であったかどうかというようなこととはかかわりないものと私は考えております。
大体の趣旨は仰せのとおりでございたますが、ただ、日本側の請求権がなくなった分だけ、向こうのものも相殺される、そういうふうにはっきりこう、その分だけ、相互放棄というような性質のことでは法律上ないということが、同時に日韓間で確認されておるわけでございまして、その点を除けば、仰せのとおりでございます。
要するに、請求権までも失わしめられたという事実は関連ある事実として、特別取りきめ締結の際に考慮されるべきことであるというだけでございまして、完全な相互放棄という法的な観念そのものじゃないということでございます。
これまでの日韓間の交渉ではまだ取り上げておりませんが、ただいま大臣からお話がありましたように、条文作成の段階において何とかいま述べられたような御趣旨が取り入れられるように努力してまいりたいと思います。
平和条約第四条(b)項の解釈についての日本政府の従前の見解は、先ほど曾祢委員がおっしゃったとおりでございますが、これにつきまして、昭和三十二年末の日韓会談全面再開のときに、日本政府が従来の見解を変えまして、アメリカ政府の解釈を採用した。これは軍令第三十三号の解釈については、これを出したアメリカ政府の解釈に従うのが妥当であろうということで、そうしたわけでございますが、その内容は、先ほど大臣から申し上げたように、財産請求権というようなもの自体は、そのままの形ではもう残しておらない。ただ、そういうふうに日本の財産請求権が没収されてしまったという事実は依然として考慮さるべきである、こういうふうに前の見解を変えてまいったわけでございます。
処理したあとのものに対する請求権そのものが残っておるかどうかということについて、従前と現在とでは考え方が違うわけでございまして、いま仰せのとおり、アメリカ政府の解釈にもありますように、そういうぐあいに請求権までなくなったという事実は、依然として日韓間の会談において考慮に入れられるべき事実である、このことを否定するつもりはないのでございます。
平和条約では、敗戦国がそういうことを認めさせられるのがむしろ通例であるということだろうと思います。
戦争法規というものが、まあ武器の発達程度の関係もあるでしょうが、第一次世界大戦においては第二次世界大戦においてよりも非常によく守られておったということ、これは客観的な事実じゃないかと思います。先ほど私が申し上げましたのは、平和条約の条項では、いわば戦敗国が戦勝国に一方的に押しつけられて、戦争中にいろいろ戦勝国が勝手なことかしたのでももう文句を申しませんということを、一札言わされるのが普通でございますと、こういう趣旨を申し上げたわけでございます。
陸戦法規というものが、その当事国間では依然として有効であるということは、仰せのとおりでございます。ただしかし、かりに戦争中にそれに違反するようなことを戦勝国がやったような場合には、その違反の罪を戦敗国に問うということを許すというようなことは、従来の国際関係においてもございませんという趣旨を申し上げておるわけでございまして、これは何も今度の大戦で初めて日本だけがそういうふうな目にあったわけではないというのでございます。