安武洋子君。 〔安武洋子君登壇、拍手〕
安武洋子君。 〔安武洋子君登壇、拍手〕
伊藤郁男君。 〔伊藤郁男君登壇、拍手〕
これにて午後一時まで休憩いたします。 午前十一時三十四分休憩 ─────・───── 午後一時一分開議
青木薪次君。 〔青木薪次君登壇、拍手〕
答弁の補足があります。中曽根内閣総理大臣。 〔国務大臣中曽根康弘君登壇、拍手〕
これにて質疑は終了いたしました。 本日はこれにて散会いたします。 午後二時五十二分散会
ただいま皆様方の御推挙によりまして副議長の重責を負うことになりました。まことに光栄に存ずるところであり、感激にたえません。微力ではございますが、中立公正を旨として、議長の補佐役といたしまして、誠心誠意全力を尽くす所存でございます。 何とぞ皆様方の一層の御鞭撻、御指導を心からお願い申し上げまして、簡単でございますが、就任のごあいさつといたします。ありがとうございました。(拍手)
どうも大変お世話になります。私自身どういうことになったか、キツネにつままれたような気持ちもいたしますけれども、皆さんの温かい御声援をいただきまして副議長を務めさしていただきます。木村議長の補佐役とし てがんばりたいと思いますので、何分にも皆様の御指導を心からお願い申し上げる次第です。 どうもありがとうございました。 ─────────────
私の時間はございませんが、関連して。 さっきから山中大臣が水俣病の問題を言っておられます。いままた対馬君から相当突っ込んだ質問がございました。何もこれが道庁で決まったわけでも何でもないからこの点にしぼるわけじゃありませんけれども、去年の五月十七日、ちょうど一年前になりますね、水俣病に対しまして環境庁長官が、地方債は二百十億を超えた、これじゃ県議会がまとまらない、どうするかということになりまして、そしてこれはもしもチッソに不測の事態が発生した場合は県としては大変なことになる、だから心配のないように国がめんどうを見ます、こういうことを環境庁長官がちょうど一年前言っておるわけです。ところが、それからちょうど一年たった五月十七日に、これ
そうだろうと思うのです。ということは、もしも自治体がそういう申請をしたならば、自治体を殺すことはできませんよということになりますね。
ありがとうございました。
私は、日本社会党を代表いたしまして、特定不況産業安定臨時措置法の一部を改正する法律案につきまして、原案に反対、吉田君提出の修正案に賛成の討論を行うものであります。 以下、理由を申し上げます。 わが国の基礎素材産業は、産業構造を支える上で重要な産業であります。ところが、今日、二度にわたる石油危機の発生による原油の大幅値上げ等によって、重大な苦境に立ち至っており、今後これを放置するならば、国民経済に重大な打撃を与えることは明らかであります。したがって、基礎素材産業が陥っている構造不況の状態を打開し、再活性化することは、わが国経済及び産業構造上強く要請されるところであると考えます。かかる観点から、このたび政府が基礎素材産業の活性化
関連です。時間がないそうですから……。 先ほど通産大臣は望遠鏡の話から一眼レフの話までされたんですけれども、その意味から考えても、何か言っておられることを聞いておりますと、日本列島改造論から新産都市から今度のやつまで一貫して同じようなことを言っておられるような気がしてしようがないんです。そうすると、ピントが合っておればいいじゃないかと、こういうことになると思うんですけれども、ピントが合っておらないような気がするんです。なぜならば、よそのことを言っちゃいけませんけれども、北海道の先生おられますけれども、北海道の苫小牧というのはもうこれはずいぶん前から企業誘致を盛んにやってこられた。たとえば今度福岡の問題でも、いま久留米と鳥栖の問題
委員長の選任は、主宰者の指名に一任することの動議を提出いたします。
一問だけ。
簡単に質問申し上げますが、いま対馬君の質問の中で一つ答弁が漏れておりますので、私が調査した範囲内で申し上げます。三井観光の代表取締役はだれだれかというお話でありますが、これは返事がございませんから私から申し上げます。三人おられますね。萩原会長、山本社長、それからあなたの子供さんの萩原次郎副社長、この三人が代表取締役です。これは、何も法に触れるわけでもない。一人だったら問題じゃない。三人とも代表取締役。その代表取締役の社長が書類で協力できないということを大澤管財人に今月の十三日に持っていかれた。こういうことになって衆議院でも非常な問題を引き起こしたわけです。そうすると、先ほど対馬君も言いましたように、五十一年のときも会長と社長と来ても
鉱害二法案につきましては、すでに復旧法案の方は三十年、賠償法案の方は二十年、こういう経過をたどっておるんです。そして前のを調べてみますと、二十七年に復旧法が制定されたそのときの説明、十年たってまた十年延期の説明、さらにまた十年の延期の説明、これを聞いてみますと全部同じ説明である。質問もほとんど同じ質問が繰り返されておるわけです。そうしますと、いつの場合でもこの十年間で鉱害は全部終了いたしますと。これはもちろんそういう気持ちでやらねばならないことはわかっております。そしてそれなりに成果の上がっておることもわかります。しかし、たとえば十年前の質問の中でもとってみますと、この十年間に残った賠償額はどのくらいあるか、こういう質問がされており
ちょっと具体的になりますけれども、有賀力炭鉱、無資力炭鉱についてはこの比率を後でお伺いいたしますが、大体この鉱害の大きいところを考えると九州は当然です。この中に福岡が一番でしょう。佐賀、長崎、常磐こういう順番に被害の大きいところはなっておると思うのです。そうしますと、各県の残存被害状況、三十年やってきた、賠償では二十年やってきた、そして今度六千七百億の、鉱害復旧が残っておりますが、その内訳は福岡がどのくらい、それから佐賀がどのくらい――できれば佐賀は杵島であるとか古賀山であるとか、もう古賀山は終わったのか、杵島は終わったのか、そういう大きいところ。それから福岡は三井の山はどうか佐賀はどうか、こういうところは大きいのがありましょうし、
それから福岡が七五%、確かに一番多いところですが、その福岡の中で有賀力はどこどこなのか、無資力はどこどこなのか。さらに公共事業については五〇%有賀力は賠償しなければならない。農地が一五%ですか、家屋が三五%、それに恐らく公共施設はもうほとんどないと思うのです。これは学校なり道路なりあるいは水道なりというところでしょうからほとんどないと思いますが、この有資力が責任を負わねばならぬ五〇%の公共事業はどれくらい残っておるか、これを教えていただきたい。
そうすると、公共施設の一割がまだ残っておると、一割の中で恐らく公共施設、学校とか役場とかそういう問題はもう三十年もたっておりますから全部終わってしまっていると思うのです。そうすると、あとは河川ですか、水道ですか、どこですか。