私が会いましたのは、ずっと会わなかったのですが、最近としては、今よく覚えておりませんですが、多分一月の末ころじゃなかったか、あるいは二月の初め、そのころ一度会いました。
私が会いましたのは、ずっと会わなかったのですが、最近としては、今よく覚えておりませんですが、多分一月の末ころじゃなかったか、あるいは二月の初め、そのころ一度会いました。
今、私ちょっと錯覚いたしておりまして、一月末から二月の初めに会ったのは、実は会った人が違うのです。最近古荘先生に会ったのは、この問題が起った後です。この銀行の問題が起って、あとの後任頭取の問題をするようになってから会いました。
私は、それでは古荘君と会ったことをずっと前から申し上げます。私が会いましたのは、去年の、私が大蔵大臣に今度なりました初めのとき会ったことがあります。それからずっと、古荘君とはほとんど会った記憶を持っておりません。そうして会いましたのは、今回頭取を私がきめて、古荘君にこれを申し渡す、このときに正式に会ったことがあります。
昨年私が会いましたときは、銀行検査の結果等に基きまして、銀行の経理を厳重にして、かつ固定貸しなんかについてすみやかに回収をいたすように、かような警告を発しました。そうしてこれをやることについては、今度は決意を持って、もしもこれがいかぬということがあれば、これは自分としても銀行の再建と固定貸しの回収のために、いろいろとこの根本的な点について決意をしなければならぬ、かようなことを申したのであります。
これは今数字的につまびらかに申し上げるだけの数字を持っておりませんが、私は第二回目の大蔵大臣になりましたときに、依然としてやはり回収状況等が特殊なものについてはおもしろくないようでありました。それで、その点に私は着目しまして、そうしてこれは正そう今後力を入れて、むしろ計画を立てて回収をはかるように、かようなことを申したわけであります。
千葉銀行の業績でありますが、これはむろん業績全体としての場合と、ある特殊の貸付についての問題があると思うのであります。私どもとしては、むろん個々の貸付等の悪いものはよりよくする、そして流動性を保つような貸付をいたす、そうして銀行の全体の資産がやはりりっぱなものであるように注意をすることは言うまでもありません。そういうように考えた場合に、しかしやはり経済の変動またいろいろな事由から、あるものについては貸し出しが増加するということも私はあり得ると思うのでありますが、これは一般的な議論です。全体の銀行の状況としては、大体においていい方向に向いておるように思うのであります。しかしわれわれ監督の立場にある大蔵省といたしましては、常に、どうあろ
私は、真に計画を立ててやれ、やらないならこれを処分してやめてもらいたい、こういうふうなことは話したことがあります。
それは先ほどから御答弁申し上げておるように、たとえばレインボーの貸し出しにいたしましても、当初より残高もふえるというような状況で、こういう状況ではとうていいかぬから、こういうことは一つ考えてもらいたい、従って十分整理案を立てて回収の道をはかるようにしなければならぬ、それについて十分な確信があるかないかということであります。そういうような児地か頭取との話し合いをしたわけであります。
銀行の貸し出し、あるいは営業の状況、これについて、むろん大蔵省としては、いろいろと検査もいたしますし、監督もいたしますが、そうそうしょっちゅうこれをいたしておるわけではありません。私は、何も自分の監督責任を免れようなんて、そんなことは考えておりません。おりませんが、実際の問題といたしましては、これは、やはり銀行の首脳者の判断でもって貸す、それが、またどの銀行でも、場合によって経済上の変遷、あるいはまた貸出先の状態の変化等によりまして、回収するはずのものが回収ができなくなる、あるいはまた、回収をするためにさらに貸し出しをしなくちゃならぬ、こういうことも、これは、銀行業務の上においてはあるのであります。従いまして、私が前からしょっちゅう
私は、検査の報告も受けまして、今中しましたような趣旨でいたしております。具体的にどういうふうに示達をしたかは、銀行局長から答弁させます。
前のときは、私は会ったことはありますが、大蔵大臣になってから会いましたのは、先ほど申しました去年の七月に大蔵大臣になりましたから、その直後と思います。それから今回お会いしたわけであります。
そういうことはございません。
ありません。
これは問題なんで、親書というような名前もつけられております。これは、率直に申し上げます。何も隠すことはないのであります。あれは、一月の未か二月の初めに、ある方が私のところにこられて、そして古荘に紹介状を書いてくれ。私は、実を言いますと、日銀総裁であった時代に、私の紹介状を悪用された経験がありまして、それで、その後は名刺も作らない、紹介状も書かない、よほどのときでないと書かない。書けば、必ず、こういうふうな紹介をしたから、あるいはこういう意味だからということを、必ずそれを差し上げた向うに電話等で通じておいて、誤まりなきを期しておるわけです。今回も、実は率直に言いますが、私は何でもないのに、こういう問題になったのでありますから、私は、そ
先ほどから私が申しましたのは、私は紹介状をなかなか書きませんと申しましたが、それが、今御意見のようになったのであります。私が申しますのは、そういう立場にあります、私の立場もありますから、従って紹介状も、人に金を貸せとか、そういうようにとられぬように、通り一ぺんの紹介です。しかし、それだからといって、その紹介状を持ってどういうふうにお使いになるか、これも、やはりあなたのお考えのような私も心配がある、それで、古荘氏に電話で、金を貸せという意味の紹介はしていない、そういうことは絶対にいかぬから……、こういうふうに、ちゃんとそれは……。私は、大体先ほど言ったように、紹介状をまれに出しても、そのときは、こういう意味の紹介状を出しておるから、御
明らかにいたしますが、私は、私の紹介で、その紹介を頼んだ人に、金を貸してやれとか、そういうことは一切紹介していない。その方はごく一応の紹介です。その人は、いろいろありましょう、金を借りるとは限らない。そのほかにいろいろ関係があります。しかし、私は、やはりひょっとそれが誤用されて、私の意図に違って、そのときの話と違って誤用されることがあってはいけないから、一応念のために、それは、そういうことには何も考えていないからということを、申し伝えたのであります。
その紹介状を書いてくれと私のところに参りましたのは、山村新治郎君であります。
私は、そのときに山村君にも、金を借りるという紹介は、それはできませんということを、きっぱり答えてあります。従いまして、紹介をしてくれ、それを一々断わることも、必ずしも適当でないと考え、従いまして、あるいは意味がないとおっしゃればおっしゃるかもしれませんけれども、ごく大ざっぱな普通の紹介をいたしたわけであります。
そのときに、山村君が資金的にどういう必要があったか、私は知りません。
私は、当時の事情として、友人でもあるし、融資ということはできぬが、わざわざ来られて紹介してくれというので、私は率直に言いました。友人として大ざっぱな、ごく普通の紹介をしたのです。(発言する者多し)しかし、それだからといって、今あなたのおっしゃるような誤解が――私が大ざっぱに紹介をしても、頭取から見れば、金を貸すとかなんとかいう問題になるだろう。それで、私は、紹介を出すときに、あなたの方に私の意思を通ずると同じように、特に今回は向うに早く、こういう紹介状が出ておるけれども、しかし、これは融資とは全然関係がないからということを、頭取に十分言い伝えてあるわけであります。