これは輸入の工業塩がどれくらい入って、その価格はどうだというような具体的な数字の計算になると思いますので、一つ事務当局から説明を願います。
これは輸入の工業塩がどれくらい入って、その価格はどうだというような具体的な数字の計算になると思いますので、一つ事務当局から説明を願います。
これは建前から言えば、やはり検査をするようになっておりますが、実際上は御承知のようにやっておりません。また、ちょっとやるのに非常に不便ということになっております。それだからといって、この予算の執行が適正であるかいなかということは、これはやはり重大なことであります。また、その予算がそれで十分であるかどうかということもやはり同時に考えていかなけりゃならぬと思うのですが、まあ私どもとしては、そういうふうな事後における検査が十分行われ難い事情にありますので、予算編成当時におきまして、十分外務省と引き合せまして、必要にしてまた仕事を遂行する上に十分であると考えられるように、この予算の編成に努力をいたしておるわけであります。同時にまた、そういう
私は何も自分のやった行為について責任を回避するものではありません。しかしながら、この私が前の大蔵大臣として在任のときですが、大体三十一年の初夏の候からあるいは春といってもいいですが、そのころから景気が上昇カーブをとりまして、そうして秋口に入っています。むろんこの三十一年の秋ころに日本の景気について相当の注意が払われてきておったのであります。私はその時分、その暮れにやめたのでありまするが、この辺がやはり日本の景気についてこれの抑制をするといいますか、そういう政策をとるかどうかという、そういうふうな検討が加えていい私は時であったろうと考えます。私の大体在任のところはそういうところで一応終ったわけであります。
今、御指摘のこの三十一年の秋ごろ、これがやはり景気循環といたしまして日本のこの景気の見通しについて慎重なやはり検討を加えていかなくてはならぬまず何といいますか一番初めごろであると考えておる。従いまして当時いろいろと考えておったのは事実であります。たとえば、金利を上げるというようなことについても当時検討を加えておったのであります。ただいつそれを実行するのが適当か、これは問題がある。しかし当時においてなお少くとも三十一年度中においておそきに失しておるということは私はないと考えていたのですが、なぜそういうふうなことであるかといえば、やは日本の経済におきまして、この敗戦後の推移からいたしまして、日本経済自体が非常にアンバランスである、均衡を
先ほど申しましたように、九月から——私がちょうどそのころ、なにに、国際通貨基金に出席したのでありまするが、九月、それから十月の初期でございまするが、そのころやはりこの景気情勢に対してどういうふうに考えているか、中央銀行の公定歩合等を上げることについてのいろいろと論議があった。これはまあ中央銀行が独自の見識をもってやり得る事柄であります。政策委員会において決定してやることでありまするが、しかし、そういうことがやはり決して無視されておるわけではない、論議に上っておったのであります。従いまして、そういうふうな施策を、おくれてではありますが、後において日銀等も取り上げてやっておる、こういうふうな次第であります。
三十一年の私はまあ秋ぐらいから、そのことが日本において考えられつつあったと思っております。おそらく、暮れごろから春にかけて、こうしようかどうかというふうな事態であったように私は考えております。
三十一年の剰余金、今お話のように千百億円がありますが、これは歳入の自然増、それと歳出面における不用額、この合計であると考えております。歳入の自然増がおよそ八百五十億程度と思います。
それは、日本の経済の成長が非常に高度でありまして、従いまして、また総生産にしても、また国民所得にしても未曾有の伸びをしておる。従いまして、自然税収入が予定よりも多かった。こういうことであります。 〔理事平島敏夫君退席、委員長着席〕
これはしばしば申し上げますように、当時における経済の異常な伸びからきておる。私は、これは常に期待し得べき自然増ではないと考えております。
三十一年の繰り越し剰余金ですが、この千億円以上、これは先ほど申しましたように、異常な経済の伸びに基く生産増あるいは国民所得の増からきておる税収入の増、従ってこれは経常的なものでない、そういうような見地に私は立ちますから、これは経常的な歳出である、あるいはまた減税というものにこれは充ててない。しかし一時的の歳出としては、三十三年度においては経済に対して財政面から刺激を与えることを避けなくてはならぬ。こういう見地から私は保留をして、実質的な歳出に立てていないことは御承知の通りであります。こういうところに私は余剰の性格を十分予算面において示しておる、かように考えておるわけであります。
いわゆる景気のいいときに、その景気が一般的にやはり潤うことは間違いありません。いずれも国民所得を増しますし、また雇用関係から見ても雇用もそういう場合はいいのでありますから、総体的に私はいいと思うのですが、しかし、それだからといって社会の各層の間にこの景気から受ける格差がないかというと、これは私はあると思います。特にそういうものは税の面から見れば、どういうふうな税から最もたくさんな税があがってきているかということを考えることによって、やや明らかになるかと考えます。
ごく概念的にいえば、こういうふうな異常な景気の場合において、やはり貧富の差が拡大されたというのが当っておるかもしれません。しかし、これは内容的には非常に複雑な様相を呈するのであろうと思っております。
これは詳しくいえば、私はそれを、内容が非常に複雑であるからと申しておるのですが、概念的にいえば、やはり景気が非常に異常であった。特に景気が輸出を中心として行われておったという意味におきまして、所得関係等において差違を生じた。しかしながら、何か一方に富む者が一つの階層に片寄って、他の社会層では非常に貧乏が増したかといえば、必ずしも私はそうではないように思う。その点は非常に複難ではないか。たとえば中小企業というようなものを大企業に対してすぐにとる。むろん大企業において所得を増しておることに間違いはありませんが、しからば中小企業において所得か増していないかといえば、必ずしもそうでない。中小企業においても、輸出に関係しておるというような中小
ただいまの失業者の関係ですが、ここに数字がありますから、若干申し上げますと、労働力の就業者が二十五年を見ますと、三千五百八十万で、完全失業者が四十三万になっておりますが、それが三十一年の終り、三十二年、こういうときには就業者が四千百五十万以上になっておりまして、このときの完全失業者が五十六万、ただいまは、三十二年十二月なんかをとりますと、四千三百六十二万に就業者がふえておりますが、失業者は四十二万、こういうふうな次第でありまして、これはやはりおおむねそう大きな、完全失業者の統計の数字から見ますと、大きな変動がなく、就業者がふえた割合には失業者の数は少いと、まあこういうのが、やはり景気のよかったときに失業者が非常に多いというのは当らな
経済の行き過ぎ、これは投資の行き過ぎになります。従いまして、ただいま若干御示唆がありましたように、投資の行き過ぎとあれば、自然基幹産業やいわゆる大企業の設備の拡大という形において現われてきております。従いまして、政府の政策としては、これらの事業に対しまして、その投資の行き過ぎを押えていくのでありまするが、が、しかしながら、経済の事柄を考えます場合は、理論は別として、実際の動きは、やはり社会構成の各層におきまして、力の弱いところにどうしてもしわが寄りやすい。これは自由経済をとっておる以上やむを得ない方向であると考えます。従いまして、大企業等の設備の行き過ぎであるから、大企業だけについて始末をすれば、ほかの方は迷惑を比較的しなくても済む
いや、社会保障費も三十三年度は千二百五十七億に上りまして、昨年度の千百五十五億に比べると約百二億はふえておるわけであります。むろん、こういうふうなふえ方をもって満足をしておるというわけではございません。ございませんが、この三十三年度の予算については、すでに基本構想でも明らかにいたしておりますように、歳出を千億のうちにとどめる、これは経済との関係において作業することが妥当であるという見地に基いて、千億というワクを作ったのでありまするが、それで見ると、この当然増というようなものを実際差し引いてみると、新規の政策費として使える金額は大きいものではないのであります。それを、国の政治を行う上において、比較的重点を考えつつ各方面にこれを配分する
大へん一般的な御質問でありますが、私も狭い日本の資源開発については、北海道を特に重要視いたしております。ごく端的に、具体的に話しますが、私は日本銀行の総裁をいたしております場合に、大体日銀の支店というものは相当大きな都市で、すでに取引もこのくらいある、そこには銀行も幾つあるとかどうとかいうような統計に基いて、日本銀行の支店を作るのが常例でありました。しかしながら、私はそういうことばかりではいかぬというので、実は私は在任当時に帯広に日本銀行の支店を考えた。その結果釧路になったのでありますが、特に北海道について、奥地の開発ということを非常に重要視しまして、それには何かそういう開発の推進母体が要る。今日はそうでもありませんが、当時は、北海
むろん東南アジアに対して大いに経済的な伸張をはかる施策も必要でありますが、それだからといって、北海道をほっとくわけにもいかないので、むろん北海道の開発にも力を入れなければなりません。ただ、これは意見でありますけれども、どうも日本の国内では、開発といえばすぐに食糧関係を申します。これも悪くないと思いますが、しかしその食糧が常に米麦的な考えで、どこにいっても水田——私はこういう考え方には賛成しません。やはり立地条件に合うように、寒いところには寒い所に適するものを伸ばしていく。内地でなくてはできないようなものを、無理に計画を立てて北海道に持っていくことは適策ではない、こういうことを考えておるのであります。こういう点を十分考えて、たとえばテ
この予算の面でありますが、これは御承知のように、財政的に言いますれば、近年までは財政にそんなゆとりのある状況ではありません。いわゆる緊縮予算、緊縮予算で組んで参って、最近のところに至って経済の伸びが著しかった結果、やや財政にゆとりができたという状態、それもまあ昨年度におきましては経済に対する関係から、やはり歳出において制限をしなければならぬ、こういうふうなことが出て参りました。要するに財政資金の関係においては、どうしても今後に待つということに私は相なろうかと思うのでありますが、それにしても、やはり北海道についてはできるだけふやす、昨年度はむろん御満足は得られませんでしたが、三十三年度の予算におきまして、できるだけ、今お話しのように相
私は、何もある資金量を投下したからすぐそこに利潤を生むとか、そういうことを言っておるのじゃないのです。言いかえれば、たとえば今言ったような一定量の資金を投下するが、それがすぐ利潤を生まないが、しかし長い目から見た場合そこに余裕もできる、あるいはこういうふうなこともできるのだ、そういうことであればいい。言いかえるならば、やはり計画性を持って、たとえばそこに鉄道を敷こうとか、ここをどうしようとかいうのではなくて、ほんとうに北海道の開発についての総合的な計画を持って、その一部分としてこれをこうするのである、私はそういうふうな考え方でおります。それがゆえに、この北海道の開発については一般会計からの資金を繰り入れいたしていくということもしてお