自由民主党の中山正暉でございます。 この中にももう戦争体験のないお若い先生方は大勢いらっしゃいますが、私ですら、ことし七十一、戦争が済んだときに中学一年生でございました。私は、大阪で、B29が頭の上から、一万メートルも上から爆弾を落として、そして焦土と化していくその町の中で、私は生駒山という山の下に疎開をしておりましたが、市内の中学校に通っておりましたので、焼夷弾が降ってくる中、爆弾が降ってくる中、スリルを味わうみたいな形で、空襲警報が鳴ると学校を出て家まで歩いて帰る、そういう生活をしておりました。 私は、情緒論でまことに恐縮でございますが、私は自由民主党ではございますけれども、ここにおります者、まだ世界は一つ、平和な地球と
