次に、工藤晃君。
次に、工藤晃君。
次に、大原亨君。
工藤晃君。
次回は、明後三日木曜日午前九時五十分理事会、十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時五十四分散会
委員長から御指名をいただきました九月二十日に厚生政務次官を拝命いたしました中山正暉でございます。 前回の委員会でごあいさつを申し上げるよう御指名をいただいておりましたが、あいにくとまことに個人的な理由でございますが、私の母が逝去いたしまして、そのためにやむなく欠席をいたしましたところ、大変人情深い御配慮の上に、本日、委員の皆様方の前でごあいさつをする機会をお与えくださいましたことに心から深く感謝を申し上げつつ、特にこれまた個人的なことで恐縮でございますが、母中山マサは昭和二十八年に厚生政務次官、三十五年に厚生大臣をいたしましたし、私も、その厚生大臣のときに政務の秘書官をいたしましたが、くしくも、くしき因縁と申しますか、私がこうし
早川大臣のもとで厚生政務次官を拝命いたしました中山正暉であります。 経済、社会情勢その他四囲の情勢が大変激しく変動いたしますとき、国家として信頼をされるに足るかどうかは厚生行政の帰趨いかんにかかっておる、かように存じておりますので、早川大臣のもとで、委員の諸先生方の御指導のもとに懸命に努力をしてまいりたいと思いますので、御指導、御鞭撻のほどを改めてお願い申し上げまして、ごあいさつにかえます。ありがとうございました。(拍手)
私も十五分の時間でございますので、時間がございませんから端的にお伺いをいたしたいと思うのですが、水野先生のお話の中にもありました、この間サンフアンで七カ国会議をなさった後、アメリカの大統領とお会いになったわけでございますが、最近話題になっております極東情勢の変化ということが、その大統領との会談の中で話題になりましたかどうか、その中でアメリカの変化というものを何かお感じになりましたかどうか、それからまず伺いたいと思います。
後の大統領との話では……。
実は「落日燃ゆ」というような、かつて政治家としてただ一人絞首刑になった人の伝記小説を今日読みましても、外交というものの裏側の話が三十年たってわかるわけでございます。実は今回のロッキード事件を見ておりましても、核防条約で日本とかドイツとかに戦争をさせないような表向きの歯どめをかけて、今度はロッキード問題、特に昨晩テレビで草柳大蔵氏でしたか、どうもこのロッキード問題の裏には、中国と日本の国交回復に関して、何かアメリカとのバーター取引みたいなものがあったのではないか、どうも前総理大臣が私どもにはちゃんとうまく台湾との関係はやるというようなお話をされていながら、アメリカがどうのというようなお話をちょっと聞いたような気がするのですが、簡単に日
これもまた三十年くらいたたないと本当の話は出てこないのではないかという懸念をいま持つわけでございまして、私も政党政治研究会で、総理大臣におなりになる前の三木先生と中国問題で大分議論をしたことがございます。やはり非理法権天と申しますか、非は理に勝てず、理は法に勝てず、法は権力に勝てず、権力は天に勝てず、日本の天皇制を護持してくれたのは蒋介石総統でございます。そして私が靖国神社国家護持法を内閣委員会でやりましたときに、一時的に日本人であった台湾人二万六千人が天皇陛下万歳と言って死んでおりますが、日本の遺族にはお金が出ておりますが、台湾関係者には一銭の一時金も出ておりません。そして日本が敗戦国でありながら二つの日本に分かれずに、一国として
実はそれが日本のこれからの運命を左右するような大変な混乱に入っていくのではないか。総理大臣はそういうふうにおっしゃいますが、いま党の内外を見ましても、向かいにおられる江田先生が十八年ぶりにアメリカにいらっしゃる。アメリカにいらっしゃると、今度は帰ってきて江公民体制という体制の中で、松前さんというかつての翼賛政治会の総務部長をやられた人が座長になられる。そして同じく日ソ協会の会長をしておられる方が座長になられて、そのときに河野洋平氏以下六名の方々が外へ出られていきました。この工作書の中にも「気がつかれないように民主連合政権にずっと移行していくべきである。」ということを言っております。特に韓国からのスパイ事件がこの間大阪の布施で実は発覚
それならあえて申しますが、私は実は三木総理大臣から、覚えていらっしゃるかどうか、かつてキッシンジャーとフォードが来たとき私がホテルオークラの玄関に立っておりましたら、三木総理大臣出てこられまして私の手をつかまえながら、中山君の金玉を抜かなければいけないなとおっしゃったことがあるわけでございます。こういう国会の席で金玉議論はまことに恐縮でございますが、私実は総理大臣に申し上げるのはなんでございますが、川崎秀二氏が廖承志氏に会われましたら、三木とは枯れ木とウドの大木ととうへんぼくだとこうおっしゃったというのです。その話を聞きまして、中国が悪口を言う間は三木総理大臣を私は守っていきたいという気持ちでおります。 その意味で、三木総理大臣
これからの世界の平和を願うためには、いま、もうすでに解決済みであるということをおっしゃいましたが、中華人民共和国と台湾の関係に混乱が起こるとき、特に、そしてもっと南へ下りますと、タイとマレーシアがこの間も総理大臣同士が話し合っておりますが、いま混乱を起こしておりますのはタイとマレーシアの国境だと言われております。そのマレーシアが落ちますと、ボルネオの北側のサバ、サラワク、これがマレーシアの領土でございます。中国が台湾に領土権を主張したように当然に領土権を主張できますが、そうしますとすぐ、いまフィリピンでいろいろな問題、ゲリラ問題が起こっておりますのは、実はあそこに御承知のキリスト教徒とそれから回教徒の対立があります。それに取りつく一
時間が五時四十四分までと書いてございますが、時間が短うございますので手っ取り早くお伺いをいたしたいと思います。 同僚議員が聞かれましたいわゆる米中問題、これは読売新聞なんかによりますと朝鮮半島の現状の変更の懸念の問題も書いてございますが、いま実は私、水野先生が御質問になったことをお伺いをしようと思っておったのでございます。 あれだけ台湾は中国の領土だとはっきり原則を日本に守らした国が、なぜ中ソ軍事同盟条約を結びながら第三国の覇権と言うか、私はこの問題はうやむやにするべきでない、かように思うのでございます。 特に私は、実はとっぴなことを言うようでございますが、一九四九年中国が建国をいたしましたその明くる年一九五〇年に、三十
私は、日本のような裸の大国と申しますか、これがいいかげんな道をとることは、レーニンが中立というのはかきねの上で座布団を敷いて座るようなものだ、いずれはどっちかに落ちるのだ、こう言っております。ですから、外務大臣おっしゃるように平和共存というならば、いまの自由主義国日本が、これだけ繁栄している国が、このおもしがどっちかへ移動しないように、いま自由主義陣営側でございますから、この大きな日本がどっちかへ移動しないように大きな歯どめをかけることこそが、むしろ外務大臣がおっしゃるような趣旨に合ってくるのではないか、こう思うのです。 実は昨年の六月、これは外務省のアメリカ局北米第一課から、キッシンジャー米国務長官のジャパン・ソサエティ年次晩
それでは外務大臣、天皇は元首だと思っていてよろしゅうございますか。
キッシンジャーの演説がまことに適切なことを言っているなという感じがする。日本人でありながら、外務大臣のおっしゃっている意味がなかなか——私などは、特にそういう各国の民族性というものをもっと考えて行動しないと日本人は大変な誤りを犯すのではないかという気持ちがしますので、心配をするわけでございます。 特に、この間からキッシンジャーとかそういう方々とアメリカで会っておられるということでございますが、最近非常におかしいのは、これもユダヤ人でございますが、キッシンジャーのお兄さんのウォルター・キシンジャーというのがパリにローエ・カンパニーという会社を持っておりますが、これがソビエトと一億二千五百万ドルの契約を結んでおります。その契約の中に
これは外務省からいただいたのでございます。世界ユダヤ人大会が二月十七日から十九日まで。日本の新聞ではジャパン・タイムズだけが載せております。どういうわけか、チャーチの一挙手一投足を報道した新聞、マスコミはない。 チャーチ上院議員が世界ユダヤ人大会に出席をして、不思議なことには、ベトナム援助の打ち切りの動議を出したチャーチ議員が、今度ソビエトに行ってユダヤ人大会に出ましたら、そのソビエトとの対決論をぶっております。それに対して今度は、いつでもソビエトの悪口を言っておるイスラエルのゴルダ・メイアが、チャーチ議員は若い、そういうお粗末なことを言っておったらだめだと、逆にソビエトとの融和論をぶったのです。フランスのル・モンド紙に三日間に
そういうことですね。これは渡航文書でございます。あの年、四十八年の八月八日にいなくなりましたが、一月の五日に日本に入ってきまして、二月の二十七日に韓国のパスポートが切れております。それは不思議なことに、これはずばり言ってしまいますが、ライシャワー元大使と宇都宮徳馬代議士が法務省へ行って、いまの赤十字の、大体世界で六十カ国ぐらいが国際条約で承認しているそのパスポートを取られて、それからアメリカへ出られて、それでまた日本に帰ってこられていなくなられたわけです。 警察庁の方来られていますでしょうか——何でその前の年から新潟に来ていた帰還船万景峰号、北朝鮮の船ですね、何でこれが大阪湾へ来かけているのですか。どういう理由ですか。
松生丸がやられたら、北朝鮮には関係がありませんので何も言えませんというのが日本政府でございますが、おかしなことに、私の大阪に韓国人、これは日本に六十万人おりますが、そのうちの二十万人は大阪に住んでおります。御承知のとおり、文世光も大阪から出ました。大阪のお巡りさんのピストルがとられて、それで朴大統領が撃たれて、その撃たれた弾が、委員長の机のように角が丸かったものですからそれがはねて陸夫人に当たった。日本の警官のピストルの弾で当たった。その韓国に敵対する北朝鮮の船が、最初四十七年の九月二十一日から二十七日まで来ております。四十八年の四月二十五日から五月四日まで、金大中がいなくなる直前にも来ております。 私、あえて申しますが、その前