中
中島登
日本國有鉄道千葉車掌区分会鬪爭委員
1949-07-16
衆議院・考査特別委員会
そうです。
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そうです。
昭和二十二年十一月四日からです。それから解雇通知を受けたのは、昭和二十四年六月九日です。
名称は、國鉄労働組合千葉支部千葉車掌区分会。
鬪爭委員長はありません。
鬪爭委員です。
ええ。
委員長は山本長之助、副委員長は東川です。
そうです。
その間鬪爭委員をやつておりました。
そうです。
新交番をやりますと非常に乗務が重くなるのです。それではなはだしい場合には、一週間も家へ帰れない場合も起り得るし、ごくいい交番で最低四日間は家へ帰れないというような状態が起つて、非常に勤務がつらくなるわけです。それでどうしてもわれわれとしては、それに対して反対せざるを得なかつたわけであります。
そうです。帰れないということも一つの大きい原因としてあるとともに、それから勤務時間が非常に長くなるということです。
平均二時間程度長くなるのです。
そうです。
間違いありません。
そのほかにいろいろ交渉しておる間において、当局の言うのには、勤務時間規定が改正になつて、そうして乗務員の勤務時間を陸運関係の從事員の勤務時間の規定に適應させるべく、こういう改正をやるのだということがわかつたのでありますが、それが適用されるのはひとり車掌だけでなくて、機関士もあるし電車運轉手もあるしというような関係にありながら、車掌だけ六月にそれを適用して、機関区関係あるいは電車区関係というような他の常務員に対しましては、八月にダイヤ改正をするというような状況であつたにかかわらず、車掌だけにやるということは非常に不合理であるということが、交渉過程からわかつて來て、八月まで延期されたいというようなことで反対していたわけです。
そうです。
ええそうです。
そうです。
どういうことですか。