そうしてその共同ビルというのは株式会社なんですか。出資をしているんだから当然株式会社だと思う。これに対して使用料をNHKは払っているんじゃないですか。
そうしてその共同ビルというのは株式会社なんですか。出資をしているんだから当然株式会社だと思う。これに対して使用料をNHKは払っているんじゃないですか。
それじゃ代々木にあるあの大きな建物はだれが建てたのですか。共同ビルが建てたのですか。共同ビルがそれらの一角を占めているのですか。どうなんですか。
そこで、私どもは外郭団体というのには疑惑を持ちやすい。先ほどもお話があったように、サービスセンターあるいは出版協会あるいはまた株式会社共同ビルなんというのはともかくもう少し経理をすっきりさせて国民にわかるようにしていただきたい。このことをひとつお願いしておきたいと思うのです。 そこで、ともかくNHKが株を取得しておるところは一体どんなところがあるのですか、お伺いしたい。ありませんか。
次に移りたいと思います。 ここで見ますと、資産のうちで土地が非常に、百四十九億、百五十億近くの土地をお持ちのようであります。これは帳簿価格だろうと思いますので、これを時価に直した場合どのくらいになるのか、いま直ちに発表できないと思うので——できますか。できるならやっていただきたいと思います。
それは、後ほどでよろしゅうございますので、ひとつ出していただきたいと思います。 それから、四十九年度あるいは五十年度の雑収入がかなり見込まれておるようであります。この雑収入の副次的収入は一体どんなものがあるのか、お伺いしたいのです。
これはいまでなくてよろしゅうございますが、雑収入の詳細をひとつお示し願いたいと思います。 続きまして、大臣お越しになっておられるのでお伺いするのですが、日本放送協会の経営委員会というのがございますね。これをちょっと調べさしていただきました。そうしますと、十一人のうちで四人ほど七十歳以上のお方なんです。それから五十歳台という方は一人なんですね。こういうのを見ますと、果たしてこんなお年寄りばかりでいいんだろうかという気がするのですが、大臣、どうです。お互い新しい時代を担う者として、実際七十歳台の者が、まあ明治三十八歳がこのごろ総理大臣だから、その性格からしてやむを得ぬかもしらぬけれども、ともかく七十歳以上のお方がこんなに幅をきかすよ
大臣、昔から袞龍のそでに隠れるという言葉がある。あなたの方が出してきて、それで国会で承認しているものだ。出すのはあなた方なんですよ。あなたのいまの御答弁は責任を国会になすりつけるような話じゃないですか。あなた御自身の責任を感じていただかなければいかぬ。それは確かにお年寄りでも頭のシャープな人もおられます。しかし、それは総体的にやはり肉体的条件と並行するというのが大体の考え方なんです。しかし見てみると、余りにもお年寄りが多過ぎる、ここに私は大きな疑問を持つのです。それと同時に一体五十歳の方というのはどんな方かいなと見てみますと、北海道の余り名前を聞かぬ土建屋の社長をしている。これはよっぽど優秀な人だなあと実は私感じているのです。だれの
だから私はよほど優秀な方だろうと思う。思うのだけれども、その方一人なんですね、五十歳というのは。問題はこういうような、見てみますと、どうも七十四歳、六十九歳の方もおられるが、それを省きましても非常にお年寄りが多い。これで果たしてNHKの経営がどんなになっていくのか。実は、やはりお年寄りになると守旧といいますか古いものを守ろうというお考え方があるのじゃなかろうか、こういうふうに思うのです。 そこでもう一つ聞きたい。この経営委員会というところは非常に魅力があるらしいですな。だれもかれもともかくやりたいという気持ちをお持ちの方がたくさんおられるということが巷間伝わっておる。したがって、この経営委員の収入というのは一体どんなだろうか、あ
会長さん、あなた、思っておるじゃここは困る。こうこうでございますということでなければいかぬのですよ。
それでは、経営委員会の経費というのはどれくらい出ているのですか。
そうすると、偉い人が一日おつぶしになって三万五千円、まさに薄謝協会だなという感じが私はするのです。しかし、非常に魅力があるんだということが巷間伝えられておるのです。何だろうな、実は私はこの点を不思議に思っているのですが、経営委員という方々は、一年間にどれくらい委員会を開かれておるのか。これはいまお持ちでないでしょう。だから後ほどでよろしゅうございます。ひとつお知らせ願いたいと思うのであります。 いずれにしても、お年寄りばかり来ているのですな。政府としても、こういうことで果たして経営がどういうようになるか、もう少し慎重に扱っていただきたいということをお願いいたしておきたいと思います。 続いて番組について、これは決算ですから言い
鋭意努力をされておるとおっしゃいますけれども、これを見ますと、五月二十五日現在のを見ると、明治生まれの方が非常に多いのですな。昭和、大正を足したよりもはるかに多い。これで番組編成に果たしてついていけるのか。それは一流の方々ばかりでしょう、皆さんのおっしゃるとおり。中には知らぬ方もおられます。私が初めてお目にかかるようなお名前の方々もおられます。これで果たして新しい時代をともかくつくり上げるというような使命感を、ジャーナリストでありましたらお持ちだろうと思うのです。こういうような方々が一体どうしてこうなってつくられておるのか。もう少し新陳代謝をやるべき必要があるんじゃないだろうか、このように感じられるのであります。この点さらに御留意願
どうも今後留思するとおっしゃるけれども、あなたのお話では前提があるんですな。大臣、どうです。明治生まれの人が十七人のうち十人を占めているのです。あなたは昭和生まれでしょう。昭和生まれの人が十七人のうちで二人しかおらぬ。五人が大正生まれ。中国の言葉じゃないが、老壮青ですよ。これから老人人口が非常にふえてくるからといって、お年寄りの働き場所をよけいつくろうというような考え方じゃ困ると思うのです。新しい、ともかく特に時代の最先端を行くジャーナリスト、しかも、番組編成委員です。これはもっと考えていただかなければならないと思うのです。もっと、考えるというより根本的にひとつ番組のことについては考えていただきたい、こう思うのですが、どうですか。
この五月で五〇%かえたのですか。
経営委員については、あなたの方で提出されるのだから、そのとき、そのときでわれわれ勝負しましょうよ。 しかし、番組編成委員というのは、NHKの中で、われわれが何も知らぬうちにやられているのですよ。国民がほとんど知らぬうちにやられているのです。そして、番組がどんどん変わっていく、つくられるのです。ところがその公共性からすると、ちょっとこれは……。ここ三年のうちに五〇%おかわりになるのだから、ひとつお手並み拝見いたしておきましょう。
かわったのでこれですか。かわったのでこれじゃ大変だ。これでいまだ得々としておっしゃっている。この四月にかえた——そこにあなた方の古さがあると言うのです。これは大変だ。これで十七人のうちで十人が明治生まれだ。昭和生まれはわずかに二人、これじゃ困るじゃありませんかと私は言っているのです。
残っておる人が十七人で、あと五人くらいしかふえないのですね。これをふやしたところで半数にならないのですよ。これじゃ困りますよ。これを見てはああという気がする。見ておって、この方々が果たして番組を見られておる方かなあというぐらいのお忙しい方がたくさんおられる。その若い人たちが、番組を見ないからといっておやめになれば、非常に良心的な方だ。お年寄りになればずうずうしくなって、面の皮が厚くなってくるから、番組もろくろく見ないで番組審議会の委員になっているのでしょう。見てごらんなさいよ。この間おやめになった方でも、政府の委員をやられて、幾らやられている方がおられますか。明治三十二年生まれの方だ。この間おやめになっておるようですから、四、五日前
それで、私も余りテレビは見ない。見ないのだけれども、この間テレビをひょっと見ておって不思議に思ったことがある。何だといいますと、美空ひばりが十年ぶりにNHKのブラウン管にあらわれた。ほほう、美空ひばりも復権したかいなという感じを私はした。ところが、続いて次の週もひょっと見ていると、またビッグショーでやっているのです。これはどういうことかいなと思うのですが、美空ひばりを干し上げた理由は一体何なのか。そうしてまた今度復権さした理由は何なのか、会長がかわるとこれだけ番組まで変わるのかなという感じがしているのですが、どうですか。
時は氏神とおっしゃいますが、しかしそれはそれなりに——私は美空ひばりと言えば歌はうまいやつだなと思っているのですよ。これを干し上げた理由というのは解消せられたのかどうか。ここらあたり国民にはっきり——国民は少なくとも美空ひばりをNHKが出さないことについては賛否両論あった。しかし、それについて賛否両論あったけれども、社会的なともかく暴力団関係等々で私は除いておったのだと理解しておる。だから、これがなくなったのだということを天下に声明してこそ、私はいいんじゃないか、その場はこの場だと思うのですよ。そういう関係は全然なくなったんだとあなた方おっしゃるならともかくだ。何もないのに、あら連続してやったな、よっぽど大歌手なんだな、これは歴史に
これは国民をばかにした話だと思う。何とはなしに——ともかくわれわれはNHKが干しておるものだと思っていた。国民はそういう理解です。しかも、あなた責任を回避しておる。外部の人が言ったからやめたんだなんて、ふざけたことをおっしゃいますなと言うのです。主体性は一体どこにあるのだ。公共放送でしょうが、ここは。それなりの理由というものがなければ、一芸能人がともかく公共放送に出られないというのは、これは一つの生命といいますか、そういうものを断ち切らぬとも限らない性格のものだ。それなりの理由がなければそういうことはやっちゃいかぬと思うのです。しかしその理由がまだ解消せられず、時の流れによってこれをやっておるというがごときふざけたような答弁はここじ