ただいまちょっと予算要求額とおっしゃる言葉は、我々の使っている言葉と違うように思われてなりません。予算書に計上せられると、予算額というなら話はわかるのですが、予算要求額というのは、ここらあたり言葉の統一をする必要があるように思われてならないのですが、その点いかがですか。
ただいまちょっと予算要求額とおっしゃる言葉は、我々の使っている言葉と違うように思われてなりません。予算書に計上せられると、予算額というなら話はわかるのですが、予算要求額というのは、ここらあたり言葉の統一をする必要があるように思われてならないのですが、その点いかがですか。
わかった。裁判所が言うんだから正しいと一般には伝えられて考えられますが、一般には我々計上されております予算額はということになっています。そこを、言葉一つ一つに因縁をつけるわけじゃない、揚げ足を取るわけじゃない。しかし、どうも裁判所の社会を見てみますと、やはり浮世離れしておるなという感じを持つのは、実は私一人ではなかろうと思うのであります。これは後から申し上げますが、でございますので、裁判官の不祥事件といったって、ともかく新聞紙上に大々的に書かれる。それだけ裁判官の地位というものも安定しておるし、させなければならないし、また、そうあらねばならぬのだけれども、ともかく浮世離れしておる裁判官が多過ぎるように思われてならない。かつては鬼頭と
私どもから見まして、私が一、二経験したところで、浮世離れしておる人だなという感を受けましたので、あえてこういうことをお伺いするわけなんです。 それはともかくといたしまして、実は裁判をやっている人たちに聞きますと、あるいはまた私自身が経験しましたが、裁判が長過ぎるというのが一般国民の声であります。この点は最高裁の皆さん方もお気づきであろうと思いまして、この点、御努力はなさっておると思うのでございますが、どういう御努力をなさっておるのか、その成果はどうなっておるのか、ひとつお伺いしたいのであります。刑事事件と民事事件に分けてお伺いします。
数字の上からうかがいますと、かなり早くなっておるということはわかります。しかし、世の中どんどんとこれだけスピードの速い時代になってきておる。ところが、裁判所はどうも長過ぎるぞというのが国民一般のこれは感じでありますし、私自身が関係しておる事件なんかも、これももう十年過ぎました。土地の買収にかかわる事件でございますが、その間裁判官は、主任裁判官は三回かわっている。それである弁護士諸君に、一体裁判というのは長過ぎるがどうしたんだと言って聞けば、いや、裁判を長引かすのも弁護士の技術の一つだと、こう言う。ほう、しかし。裁判官は裁判を支配するというか、やっておるのでそんなことできるのかなという感を私は深くしたのでありますが、いずれにしましても
しかし、十五年間で百六十人しか増員してないということになりますと、これは一年間に大体十人の増員ですな。それじゃ裁判のスピードアップに余り役立たぬのじゃないか。私どもが聞いてみますと、これは今どなたですか、総務局長さんおっしゃいましたけれども、裁判官の事務が多いんだ、だから延びるんだ、こういうお話が多いのです。 実は、私も関係しておる民事事件を見ますと、一年に三、四回ぐらいしか公判を開かぬですな。それでもまだ早い方だと言う。このスピードの時代にともかくいかにものんびりしておるなという感を私は深くする。どうしたんだと言ったら、いや、ともかく裁判官が事案が多過ぎてなかなかそこまでいけないんだと言う。表向きはそう言う。弁護士に聞くと、い
それは私どもとは認識が違う。そういうような御認識を持っておるから浮世離れしているというのです。裁判の指揮権の現状を見ますと、裁判官が、弁護士さんどうですか、いつがよろしゅうございますといって弁護士の方に顔を向けた裁判指揮が行われておるじゃありませんか。そして、三カ月に一回あるいは二カ月に一回、およそ今の時代に、これだけのスピードの時代に、三カ月に一回、四カ月に一回という会議がありますか。時代おくれも甚だしいと私は思う。何だといえば、弁護士のいわく、いや、裁判を長引かすのも弁護士の腕だ、こう言う。裁判所は一体何をしているのだ。まあ裁判所の裁判官というのはいい御身分でございまして、夏休みはある、正月休みはある、こんな職業というのは学校の
「八〇年代経済社会の展望と指針」を読ませていただきましたが、虫眼鏡で見なければならぬぐらいの小さい字で実は恐れ入ったのでございますが、この「経済社会の展望と指針」を拝見しまして、幾多の問題点が指摘されると思います。 その一つは、第一項目の「八〇年代の変化の基本方向、国際環境の変化の方向」というところにおきまして、まことに楽観的な見方をしておられる。しかしながら、この国際社会の経済社会におきましては、何を言いましても一番大きな問題は債務国問題ではなかろうかと思うのであります。これらに対する記述がない。この点についてどのようにお考えになっておられるのか、金子大臣のお考え方をまず承りたいと思います。
実はこれに記述がないのです。私は、これらの問題について抜けているなという感を深くいたしておるのであります。しかし、これはともかく時間がございませんので、この問題につきまして、ひとつ次に国民生活に及ぼす影響についてお伺いいたしたい。 御存じのとおり、私が申し上げるまでもなく、これから国民の租税負担率は非常に上がってくる。さらにはまた社会保険の負担率も上がってくる。先般も我が党の松浦君が指摘いたしました、この展望をつくる資料によりますと、両者合計した国民の負担率は所得の大体四〇%近くなるのであろうと私には思われるのでありますが、経済企画庁の見方としましては、ここ五年ぐらいの間どのように推移していくとお考えになるのかお示し願いたいと思
低いところで抑えたい、しかし上がっていくのはやむを得ない、こうおっしゃられるのでありますが、それはどの程度にまで、ここ十年あるいは十四、五年の間に推移する見通しであるのですか。それであなたは今、政府・自民党の間でそういうような長期的な考え方はないと仰せられますけれども、今の国の財政状況からいたしましてどういうように推移していくものか、お示しを願いたいと思います。
どうも国の財政に中心がいって、頭がいって、国民生活それ自体について従の考え方だというお考えのように思われてなりません。しかし、今も言われましたが、四〇%を超えるであろうということが私は予想せられるのであります。しかしながら、今も指摘されましたスウェーデンあるいはまたデンマークの諸国との状況を比較いたしますと、北欧諸国あるいはまた西欧諸国においては、社会的資産と申しますかあるいはまた国民的資産、個人的資産というものの蓄積がかなりある。我が国よりもはるかにあるのであります。 そこで考えてみますと、そういうようなことでございますから、我が国がこれから個人蓄積あるいは社会蓄積というものを考えますときに、非常に大きくこれからもやらなければ
この問題、これから高齢化社会が来る、しかも一方におきまして個人の蓄積というものは諸外国、先進諸国と比べますと非常に少ない。その上に立ちましてこれを考えていきますと、一体将来四〇%以上の租税負担あるいはまた社会保険の負担をやらして大丈夫だろうか。世代間の戦争が起こってくるのじゃないだろうか、争いが起こってくるのじゃないだろうかと私は心配するのです。 その一つの例といたしまして、若い世代におきましては住宅費というものが非常に大きいウエートを占めてきています。建設省あるいはまた住宅金融公庫なんかの試算を見ますと、近ごろでは所得の三〇%あるいは三五%ぐらいの住宅費を負担しておる世帯が非常に多くなってきている。 考えてみますと、お年寄
今も住宅に投資すると言われますが、今の政策で果たしてその若い人たちが満足のいくような住宅政策が行われると思いますか。もう既に私はやらなければならぬと思っているのです。もう既に若い諸君の間に、こんなに保険料が高くてたまるか、税金が高くてたまるかというような気持ちがあることは御存じのとおり。だから失業保険は掛けないぞなんという諸君もおる。不満も大分出てきておる。しかし住宅問題につきまして、これは住宅問題が非常に大きくなったのは昭和五十二年からなんですね。この指標を見ましても、特に住宅建設について一項目設け出したのが宮澤さんが経済企画庁長官の時代、五十二年からともかく一項目入れ出した。 しかし、見てみますと、あなた方の、自民党の政策と
もちろんそのとおりでございますけれども、公団住宅は御存じのように毎年毎年建設戸数が減っているのです。しかも、市営あるいはまた自治体の公営住宅も減りつつあります。そしてまた、一つの考え方ではありましょうが、自治体のつくっております公営住宅というのが福祉住宅に変わりつつあることも、これまた事実であります、内容は別としまして。しかし、働く者の住宅としましたらやはり公団住宅というものを中心に考えざるを得ない。しかし、公団住宅の今の現状を見てみますと、若い、三十半ばの人たちが入れるだけの住宅じゃない。例えて言いますならば所得制限があります。頭の制限がある、下の制限があるのですよ、公団住宅では。下の制限、すなわち所得が二十万円、二十五万円以上で
どうも議論が逆立ちしておる、あなたの考え方は。企業がそういうような持ち家制度を考えておるからそれに乗っかったらいいという考え方は大きな間違いだと私は思うのです。やはり国が若い勤労者向けの、若い世代向けの住宅を中心に物事を考えていくという姿勢でなければならないと思うのです。あなた方はすぐに民間活力の活用なんということを言いますけれども、それよりもまず国が住宅について考えていくということでなければ、世代間の争いというものが出てくることは必至だと私は思うのです。もう既に御存じのとおり、スウェーデン、デンマークあるいは北欧諸国あるいは西欧諸国においては世代間の争いというものが起こっておる。これを日本に持ってくる場合、日本には、先ほども申しま
今平均的なお話がございましたが、やはり若い世代には住宅費が大きくのしかかってくることはおわかりのとおりであると思います。しかし、大臣もいつも土地問題が難しいんだと言って、土地問題に全部逃げ込むんです、住宅問題と言えば。しかし、大きな国の将来ということを考えるならば、世代間の争いをなくするため、そしてまた我々も若い世代の負担に将来おぶさらなきゃならないのです。二十一世紀をと言って、いつも中曽根さんは二十一世紀を展望してなんということばかりおっしゃいますが、住宅問題はまさに二十一世紀に向けての重要な課題であります。経済企画庁の今までの指標を見てみますと、住宅問題がおろそかになっているように思われてなりません。したがって、私も眺めてみまし
国鉄問題につきまして質問をいたしたいと存じます。 土曜日に亀井再建監理委員長のお話を承りまして、あの人なりの筋の通ったお話をして、私も、なるほどこういう考え方で行くんだなということが了解ができたのであります。それに比べまして、今までの国鉄の再建案それ自体というものはあいまいもこであり、我々十分に納得できない点々がたくさんありますので、この点につきましてひとつお伺いいたしたいのであります。 まず第一番に、私はこの質問をするに先立ちまして、ひとついろいろ数字を示してくれということを申しましたら、各国鉄の出先によって数字が違ってきておるのであります。国鉄の管理職というのは五十五年以降現在まで一体どういう推移をたどってきておるのか、
私がお伺いしておるのは、五十五年以降、管理者あるいは管理職がどういうふうな推移をたどって今日に至っておるか、その数字をひとつ示していいただきたい。
お伺いするたびに数字が違ってくるのであります。けさほど私が政府委員の方を呼びまして、指定職及び管理職、これは全部管理職と呼びましょう、お伺いいたしますと、その数は二万九千人だとこう言う。そんな少ないのかいなと思って今度は職員局に聞きましたところが、職員局は三万六千人だと言う。今またこれを聞きますというと約四万人だとおっしゃる。一日のうちにこれだけ変わるのです。しかし、五十九年度の定員から類推いたしますならば、すなわち、三十一万二千人の中から各労働組合に加入している人を除いていく、続いては労働組合に入っていない非組合員を除いていくとするならば、四万七千人になるのであります。一体どの数字が正しいのかさっぱりわからない。今も約四万人とおっ
約四万とおっしゃる。約がついているのですよ、約が。(「整数で出しなさい」と呼ぶ者あり)整数できちっと出してもらいたい。それから、指定職は八千人だとおっしゃる。これも聞けば、二千人ぐらいだろうというのがどんどんとふえて八千人になってきた。こういう数字では、国鉄の審議をするにも審議に値しないと私は思う。五十九年の三月現在において国鉄職員は一体幾らだと言えば、四十一万三千人おると言う。ところが、それから各組合に入っておる国労であるとか勤労であるとか施設労であるとか、こんなのをずっと引いていく、その数が管理者でなければならない。そうすると四万七千人になる。しかも、その月給表というのは、どうも指定職の月給表というのは私が取ったのが初めてらしい
それじゃ、ひとつ出していただきたい。 それから、先ほどの約四万人というのでは、約といったらもう国鉄の経理というのはアバウト中のアバウト、私らの頭よりもアバウトみたいなんでひとつお伺いするんだが、約四万人と言うが、本当は一体数は何人おるのですか。少なくとも二けたまでの、三けたまでの数字はひとつ言っていただきたい。