紛争を平和手段で解決するということは、これはもう私はそのとおりだと思うわけでございまして、今後とも第三国に対しまして、イラン・イラクに介入しない、平和的に解決するようにということの努力は一生懸命いたすつもりでございます。
紛争を平和手段で解決するということは、これはもう私はそのとおりだと思うわけでございまして、今後とも第三国に対しまして、イラン・イラクに介入しない、平和的に解決するようにということの努力は一生懸命いたすつもりでございます。
お答え申し上げます。 日本の安全保障にとりまして中国、ソ連というものも非常に大きな問題だから、これの取り組みをどう考えるかということでございます。これは朝鮮半島の平和というものもこれは日本の平和にとって大切なものだというふうに私は見ておりますが、いま先生のおっしゃいました中ソの関係でございますが、御承知のように、いま無条約の状態になったことは御承知のとおりでございます。ただ両方が条約はなくなったがひとつ交渉を始めようじゃないかというようなことで、あるいは事務的な交渉が去年から始まったのでございますが、ソ連のアフガニスタンに対する介入ということで、またその話し合いもとぎれてしまったというような状態でございまして、国境河川の安全航行
日本としまして、どこの国は特に厚くし、どこは薄いという意味じゃなくて、この点はやはりどちらとも温かい関係を保つということが最も望ましいことでございますので、ソ連に対しましても、いま冷たくなっておりますが、私はソ連が態度を変えた行動をされるということであれば、やはり温かい関係を結ぶように積極的に努力していくということでございまして一どっちに肩入れしてどうだということはいま考えてない、それは平等な考え方でつき合っていこうということでございます。
これは非常にむずかしいことでございまして、いまは御承知のような関係にありますので、領土問題を前提にした平和条約の交渉をいつどうしようかとか、そういうことにまだ至ってないわけでございます。御承知のとおり、平和条約は交渉を毎年、交互にモスクワと東京でやることになっているんですが、園田外相が行かれて、今度はグロムイコ外相が来て相談をする番になっているんですけれども、それが中断している。去年から中断しているということでございまして、先生の言われる。プログラム、何か日程があったらどういうことを考えるかという御質問でございますが、まだそれに御満足行く御返事ができるような段階にいまなってないということでございまして、どうして領土を前提にした平和条
予算委員会で先生から御質問があったことを覚えております。これはイランとイラクでございまして、イラクの方は、いわゆるイラク人でない第三国人といいますか、たくさんおられたのでございますが、これももう半分以上は出国をしております。先生の御注意もありましたので早速現地の大使館にも連絡をしまして、雇用している第三国関係の人々についてもひとつ出国について協力するようにということをすぐ手配もいたしまして、イラクでは先生おっしゃったように一万人の人がいたのでございますが、平穏裏にいまのところ第三国関係の人も出ております。 それからイランは、これはイランの雇用政策からしてほとんどイランの人を使うということでございまして、IJPCにもいわゆる第三国
亡くなった大平総理の発言でございますが、それどこで言ったか私知らぬのでございますが、総理の頭の中には、物事を何とか平和裏に解決をしていこうと。自衛力というものはしかしこれは必要最小限の自衛力を持っている。もっと具体的に言えば、九つの研究会があったんですが、あそこにも書いてありますが、他国には脅威を与えない、しかし侮られないようなというような表現で出ておりましたが、そういう自衛力は必要なんだ、しかし、それはあくまで自主的に日本が考えていく問題だというようなことを常に亡くなった総理は言っていたことを私も記憶はしております。 私も外務大臣としまして、この防衛の問題につきましては、前の大平総理が考えていたことと考え方は一緒でございます。
外務省の中では、私の前でいろいろ議論しますときはそんな感じは持たないのでございますが、外務省、私の下で一糸乱れず平和外交に徹するということで取り組んでいくつもりでございます。これはもう前の大平総理に言われていたことは私の頭にありますので、そのつもりでやってまいります。
官房長官が言いましたのは、総合安全保障会議という構想だと思いますが、狭義の国防会議で、狭義の防衛論議だけでなくて、エネルギーも食糧も広い意味から防衛というものを考えなければいかぬということで安全保障会議を設けたいというのが総理であり官房長官の考え方だと思います。そのときにどういう主張をするかということは、これはまだ何も決めているわけじゃございませんが、いまおっしゃいましたように、平和外交に徹するんだという基本的な考え方、これは憲法に平和主義ということが書いてあるわけでございますから、世界でも国連でも日本の平和外交というのは評価されておるということでございますので、その点につきましては機会あるごとに私は私の考え方を述べていくというつも
ここは潜在的脅威があるとか、ここはないとか、そういうことを私がこの場で言うことは、これはもう本当に好ましくないことだと思いますので、朝鮮民主主義人民共和国のことを一つ議論しただけであれだけ問題になっているわけでございますので、ひとつこれは御勘弁を願いたいと思います。
朝鮮民主主義人民共和国の件は、官房長官の答弁で衆議院の方で内閣委員会でおさまっておりますので、これは終わったことでございますから、私から一々申し上げるのはどうも恐縮でございます。もう御勘弁を願いたいのですが、いま塩味のお言葉出たんでございますが、実は、あれを私答弁しましたときは、官房長官の後の、断定することは国益に沿わないという前の段階で、私はもう問い詰められまして、困ったあげくああいうことを言ったわけでございまして、官房長官が、断定することは国益に沿わないと、こう言った後であれば塩味のことは言わなくてもよかったなと、こう思っているのがいまの心境でございます。
九・七を要請しましたのは、先生がおっしゃったように、日本の自主的な判断で防衛庁が大蔵省に要求をされたわけでございます。あの中には先生おっしゃった地位協定に基づきます労務費の問題とか、それから施設面の問題とか、みんな入ってのあれは九・七でございます。地位協定の労務費の分、あるいは施設の面と、これは協定で許された範囲内のものをひとつできるだけめんどう見れるものはめんどう見ようというようなことで予算を組んでいるわけでございまして、九・七が少なかったから地位協定の方で、九・七とは別だというふうにはあれはなってない、中になっているということは先生に申し上げておきます。 私、向こうへ参りましたとき、九・七の問題が出まして、そういうシーリング
中東和平の基本がパレスチナ問題にあるということは私もよくわかりまして、アメリカへ行きましたときも、キャンプデービッドは第一歩じゃないかと。あれだけでは永続的な公正な和平は来ないと思うと。やはりパレスチナ問題を考えなければいかぬと。それには、パレスチナ人の自決権というか、国家までつくる権利も認め、そしてイスラエルがPLOも認めることだと。PLOもイスラエルの存在を認めることだと。非常にむずかしい、そのこと自体はむずかしいんですが、それをやらないとあの地帯の平和はできないということを、マスキーさんにも、モンデール副大統領にも、ブレジンスキーにも、みんなに私は主張してきたわけでございまして、PLOがパレスチナ人を代表する唯一のものとは私は
お答え申し上げる前に私、この委員会に初めて出席いたしましたので、おくればせでございますが、国益を踏まえまして一生懸命外交に取り組むつもりでございますので、本当に皆様方の御指導、御支援をお願い申し上げる次第でございます。 いま御質問の点でございますが、新聞、テレビ等で、きょう人質解放の条件の提示があるのじゃないかというふうなことが報道されておるわけでございますが、われわれは、これは本当にいままでいろいろなことがありましたので、実際にそれが実現するまではなかなか安心ならぬという慎重な態度で実は見守っているところでございます。アメリカも、過去において何回もその直前までいったのだけれどもそれが崩れたということで、非常な慎重な態度を実はと
お答え申し上げます。 伊東外交なんて、そんな大それたことじゃございませんで、鈴木内閣の一員として、どうして国益を守って、平和繁栄に役立てるかということで努力しておるところでございます。 先般、国連でもこの北方領土の問題に触れ、グロムイコ外相との会談でもこの問題に触れ、日ソ共同宣言、昭和三十一年でございましたか、あのときに戻ってひとつこういう問題を考えようじゃないかというようなことを言ってきたわけでございます。 私は実は、外務大臣になるずっと前の話でございますが、水産の長官をやっていたことがございます。水産というものを通して北方領土の問題に大きな関心を持っていたわけでございますので、外務大臣になりましても、ソ連というのは隣
国連で取り上げましたのは、日本の外交方針一般を議論しましたときに、日本はできるだけ国際協調という立場でどの国とも平和友好関係を保ちたいのだという中で、残念ながらソ連とはまだ平和条約は結んでいない、それは領土問題がもとなんだということで、あの四島の問題あるいは北方領土に対するソ連側による軍備の充実というようなことは、日本人の神経を逆なでするようなものだ、善隣友好ということとおよそ反するのじゃなかろうか、ソ連も善隣友好と言われるなら、それは態度で行動で示してもらいたい、日ソ友好をやっていく上にはどうしてもそれは必要なんだということで、北方領土問題に触れてソ連の注意を喚起したということと、もう一つは、そういう問題がまだあるのだということを
最初の昭和三十一年の日ソ共同宣言でございますが、これは私もグロムイコ外相には、それを引いて何回も実は言ったわけでございます。その後田中総理が行かれまして、あれは四十八年でしたか九年でしたか、また口頭でございましたが、ブレジネフ書記長との間で、第二次大戦後の未解決の問題の中には領土問題が入っているんだというような話し合いをされたのでございますが、その後ソ連の態度は、そういうことじゃないと、またそれを打ち消すような非常に波のある態度でございます。新聞に、向こうのイズベスチヤ紙でございましたが、日ソ共同宣言が取り上げられて、次の日は領土問題はないのだというような訂正がありましたが、最近、共同宣言を取り上げて二十四周年だ、あのときに返ってと
先生からたくさんの御質問があったのでございますが、十一次の五カ年計画は、まだ正式に日本に対してどういう要請とかいうのは具体的にはないわけでございます。ただ仄聞するに、シベリア開発という非常に大きな問題が五カ年計画の中にはあるのではないかということをいろいろ言う人がございます。あるいは、消費財の方にもっと力を入れるべきだというようなことがあるということを言われるのでありますが、まだ何も正式な具体的な連絡はないわけでございます。 それから領土の問題は、本当にむずかしい問題でございまして、三十五年、なかなか成果がなかったわけでございますが、先生おっしゃるように通すべき筋はちゃんと通して議論する、無原則な妥協とかそういうことが日ソ関係で
先生おっしゃったように、外交は好ききらいとかそういうような問題で左右されちゃいかぬと、私ども十分この点は注意してまいります。 御承知のように平和憲法の枠内で、軍事大国にはならぬ、平和外交に徹してやるんだということを基本にしているわけでございますが、日ソの関係を見ますと、温かい時代もあったし比較的冷たい時代もあった、率直に言っていまその冷たいときだと私は思います。なぜこんなような状態かということを振り返ってみますと、基本に領土問題があるわけでございます。四島に対する軍備の強化というような問題が去年の初めから出てきておる。あるいはその後、国連の大多数の賛成で撤兵が決まった、決議をやりましたあのアフガニスタンの軍事介入というのが去年の
アフガンの問題もお触れになりましたが、私もグロムイコ外相に会いましたとき、こういうことは世界の平和にとっておかしなことだということをやかましく主張したのでございますが、アフガンからのぜひ来て国内の秩序を維持してもらいたいという要請でいまやっているんだという、よく言われる論理で私らの主張することを聞いてもらうということでございましたが、日本としましても、それは機会があるたびにそういう主張はし、通すべき筋は通すべきだというふうに思っているわけでございます。 それから、仮想敵国状態とちょっとおっしゃいましたが、私はそういうことは考えておりません。求めて対決するというようなことじゃない。ただ、根室の人が不安を感ずるというようなことを言い
順番が逆になって恐縮でございますが、北海道に外交官を駐在させるという話でございますが、これは道側から御要請があれば外務省としては積極的に御協力申し上げますという態度でございまして、まだ正式な御要請というのはないわけでございますが、道議会で予算等が通ったという話を私、聞いておるわけでございまして、近く道側から外務省の方に要請に来られるという話は聞いております。まだ現実にきょうの時点で受けているということはないわけでございます。人選等につきましてはまだ全然決めておりません。前に一回新聞に載ったことがある。これはどこでどういうことでございますか、私が外務大臣になる前のことだったと思うのですが、そういうことはございませんで、人選はいままだ決