そうですかそれじや簡單に申上げます。
そうですかそれじや簡單に申上げます。
結局私が岡崎さんに金を渡して、岡崎さんが吉武さんにその金をやつて、警視庁その他に揉消しをしたんだろうというような追及が非常に警視庁じや多かつたのです。又事実相当期間がかかつてやつておりました。そんな関係で私は岡崎さんじやない、個人じやない、丹羽さんもいるということで話をしそれから私のところに増田さんの後輩の人もおりましたし、部下の人もおられた関係上、増田さんについては私も先入感としていろいろ立派な人だということを聞いておりますし、そういう意味で、大きな意味で言えば或いは増田さん個人の部下が私の所に世話になつておるので、面倒を見て貰うということになれば、大きな意味では個人増田さんを応援した意味になるのじやないかというふうな私の考え方だ
まあ若しそうであれば私の非常に不徳のいたすところで増田さんに非常に申訳ないと思います。そういう吉武さんの追及の激しかつたこと、それを逃れるといいますか、これは卑怯な話ですが、そういうことも一つ加味されておりまして、そういう私の先入観自体がそんなふうに入つておるところもありました。やつた人が渡邊さんだということになればやはり自分の先入観もそうじやないかという、先入観程度の問題を一応説明したつもりでおるのであります。
ですからそれは私はそれが本当で、ただ今委員長さんからどうしてどういうそういう調書に載つたかというふうに言われましたから、それに対する説明として今申上げたのであつて、前のあれとは全然違います。
心境が、まあ分らないと言えばそれまでの話でありますけれども、併しやはり五十日間、警視庁で当然いずれこれは後から御説明したり、或いはお聞きされたりすると思いますけれども、普通の何といいますか、事件として扱つてないという程度のことはまあ常識で分つておられると思いますが、いろいろ調ベの進行状態その他から出て来ることでありますから、單に普通の常識論から判断されてもちよつと分らんのじやないかと思います。私の心境は今申上げたようなふうでありますから名前を出された、出したというところが非常に佐藤お前は怪しからんと言われれば、これは止むを得ません、私が惡いんですから謝りましよう。
まあ今御説明した程度以外にはちよつと説明するといつても説明しようがないのですけれども……。
どの部分ですか。
それは違いますね。
とにかくそれは先程からちよつと説明いたしましたが、私のところに後輩なり或いは部下が私の会社におられたものですから、話はときどき聞いておりましたし、或いは話のついでのときに、増田さんは非常にいい人だという話を聞いておりますから、繋がりは非常にあるわけですね、人間的の繋がりは。
あります。それは一回ですが、日比谷の内幸町、あそこの所に増田さんの何か事務所があるというのでこれは私の所に……名前を申上げますが、現群馬県知事をしておる伊能さんが昔の部下でありまして、あれはさつき言つた岡田秀男さんが後輩で私の会社におられるので、一回敬意を表しに行かなければならんということを言つておりましたので、私も一回ぐらいは行かなければならんとは思つておりました。そこにまあ丹羽さんあたりも見えるようになつたものですから、それだから、いつ頃いられるのかということは聞いたことはあると思います。で、大体何日と何日ぐらいはいられるというお話があつた。私の丁度前に銀行がありましたから銀行に行つたときに会つた。確か二度ぐらい行つて一回はおら
ですからやはり一応岡田秀男さんとか、或いは伊能さんとか、やはり岡崎さんも入つておると思いますがね。私のこれは主観でありますから向うはどうですか分りませんけれども。
そのときの言葉は皆と言つたか言わんかということになると、ちよつと記憶がはつきりしませんけれども、とにかく私の主観は、感じを受けたのは、要するに今私のところにもそういうふうに、世話しておるというと語弊がありますけれども、一応おられるものですから、そういう意味でこれをお礼を言つておられるのじやないかと私は受取つたわけであります。
いやそのときはそんなことは……それから伊能さんなんかいることも確か話が出たと思います。
さあ、ちよつと増田さんを訪ねたのじやなくて、何かであつたかも知れません。
自由党の控室ですか。
役員室には私たまに行つたことはありますが、増田さんと限つたわけでもないと思いますがね。
川崎さんに私がですか。
さあちよつととはつきり記憶はないんですが、或いは岡田秀男さんなんかとも一緒になつたことがありましたから、或いは秀男さん達が会うのでそういうふうに言つたかも知りませんけれども、ちよつとそこら辺の記憶ははつきりしませんから、とにかく一度秀男さんと一緒に来たきともありますから、或いはそのときに増田さんに会いたいと言われたので、それで私が探したかも知れません。
それは確か小口の登録問題のときに私の方はすでに登録が取れておりましたから、向うは初めてですから、いろいろ盡力して呉れというので確か一、二登録が取れたと思います。それでまあそのお礼だという意味で、一回私を招待して呉れたことがあります。そのときには確か小口さんの重役さんの岡崎さんがいられたかどうかちよつとはつきり分りません。それは御本人に聞いて貰つた方がはつきりなるのじやないかと思いますが、大体小口の重役さんが私を招待して呉れたということになつております。
さあ秋山さんも重役であられたと思いますし、村田さんという人もおられたし、いろいろおられると思いますが、確か五、六人ぐらいじやなかつたかと思う、多かつたように記憶しております。