はあ知つております。
はあ知つております。
それはその当時、この間も警視庁で会つたのですが、誰からどうというのじやなくて、皆丁度一緒頃に知り合つたものですから、紹介された人の記憶ははつきりしませんが、いずれにしても、確か吉田さんの秘書官をしておつた当時でしたか、前でしたか、はつきりしませんが、その当時の知り合つております。
そうじやないかとも思いますが、はつきりは分りません。
それからの関係は確かもう……簡單に申上げますが。吉田内閣がやめられて、それで昭和二十二年の年に二度くらい浪人になりましたし、役人もやめられておられたものですから、いろいろな費用もかかるというので、とにかく出世拂いにして呉れというので確か二十二年に十万円くらいずつ二度やつていると思います。貸しているといえば貸していることになりますが。それから二十三年の春頃に経費と、自分の方にいろいろかかる費用と、それから荻外莊の方の費用が何少しいるので、それで少しなんとかしなくちやいかんという話と二つでありまして、確かその時の五十万福田さんに渡していると思います。これは私はまあ現金だと思つていたのですが、警視庁の調べで三十万は小切手が何か外の人の裏判
ないと思うのですが。
その程度だと思います。
それははつきり記憶しておりませんね。
そうかも知れません。
ええあります。
どうですかね。分らないです。
あるかどうか分りません。一応あるとすれば全部検察庁その他に行つております。
そうじやないと思います。ちよつとはつきり分りませんです。
そうじやないかと思います。
普通無記名ですし、それ程までに記名式にするまでのことはないと思います。福田さん宛のことですから記名式なんかにはしないと思います。
いや事務所です。
さて神田じやなかつたかと思いいますが、ちよつとその辺の記憶ははつきりしないです。永代橋かも知れませんし、神田の事務所かも知れませんし……。
そこまで深くは聴きもしなかつたです。
どういう意味ですか……。私は福田さん個人に応援しているつもりですから、その金をどういうふうに使おうと気にしておりませんし、ただそんなような話をしておつた記憶があるので、取立ててそれをこうだ、ああだという記憶はありません。
全然聞きておりません。
そのときは全然そんな話はありませんでしたと思います。