それに経理の方から貰つて来ております。
それに経理の方から貰つて来ております。
そうです。貰つたつたのは経理の部屋ですが、渡したのは塩谷さんの部屋です。
そうです。
現金で渡しました。
現金でした。
はつきりしませんが私が持つておつたのは十万円程持つておつたと思います。
いや、部屋に入るときに十万円程持つておつたが……。
もつと受取つたかも知れませんが、一部社員へ渡して会社へ返したものもあると思いますし……。
私はその時と思いますが、とにかく証拠、証人があるというので、調べの面からそういうふうになって来た、塩谷さんに金をやつたことの記憶は初めからないということで記憶がずつとはつきりしておつたんです。
そうだと思います。
それは逆だと思います。川手さんの方は返して呉れたのは九月か十月じやないですか。
渡したのはその時期に渡してないと思います。
いや、確か春だと思いますか…も
二つというと……。
そんなことはない。とにかくこの話は、最初からこの問題については日野さんの関係はないということで、自分の記憶が出たものはすつかり申上げておつたものですから証拠書類が要るということで随分、まあ一週間に亘って朝から晩までやつておつたのですが、それならばそうかも知れんということでおつたのですが、後からよく考えたら、それは多分記憶が出て来ないからで……。あるとすれば確か争のときに川手君が流線型のボストンバツクを持つておりました。その中に入れて帰つたことを僕は記憶を持つております。だからそれは夏じやないかと思います。
公式には申上げておりませんけれども、四十二号室で弁謹士、その他が来ておるときにあの問題はどうも私の記憶違いだと、こういうふうに言われたけれども、とにかくこれが本当らしい、だから自分の記憶が本当だから一つこれを調べて貰いたいということは二、三度言いました。
調書を取つた後です、それは。
そのときは調べを終つたすぐ翌日私の調書を取りましたから…、約一週間くらいに亘つて夜遅くまでやつておりましたので、すぐ翌日取つたものですから、そのときは訂正するまでそこまで考えつかなかつたものですから、そのまま調書になつているのです。
調書になつておりません。
そういうわけです。