米の過剰になりましたことは、もうすでに御存じのように、農基法ができましたのは三十六年でありますが、三十七年には、政府は食糧の長期見通しを発表しております。その長期見通しの中には、これから食糧はやや緩和の状況になっていくであろう、こういうことを言っておるわけであります。しかしその後の経過を見ておりますというと、三十八年をピークといたしまして、一時は減りましたけれども、そのうちにまた情勢が変化をして、やがて昭和四十年にはたいへんな不足になりまして、大体百万トンほど外米を輸入せざるを得なかった。当時、全国の県知事諸君は、各自分の県で米づくり運動というようなものを熱心に始めました。ところが、あのころからわが国の経済も、いわゆる高度成長に伴っ
