まず定員の問題ですが、先ほどお話ししましたように、定員だけは確保してあります。 それから給与の問題は、これから人事院と協議して、できるだけいいようにしたいと思っております。
まず定員の問題ですが、先ほどお話ししましたように、定員だけは確保してあります。 それから給与の問題は、これから人事院と協議して、できるだけいいようにしたいと思っております。
御趣旨の点はよくわかりましたけれども、とりあえずとにかくいまオリンピックの東京会場の由緒ある場所でございますし、東京においては、あそこは代々木公園のそばでございますから、場所は私はいいと思っておりますが、しかし、今後の推移を見てこの点はよく検討さしていただきたいと思います。
御承知のとおり、あれはたしか三十九年ですが、オリンピックの東京大会の選手村だったんですよね。ですから、その選手村を中心に青少年の宿泊訓練施設としてこれが特殊法人化されたわけでございます。
当時の状況を見ますと、こういう青少年のセンターがまだなかったんですよね。ですから、いまおっしゃるようなそういう展望は私は当時はなかったと思います。ただ、御指摘のように愛知文部大臣がおっしゃったような弾力的運営は、これは非常に私はいいことだと思って、これは今後とも継続すべきだと思っております。
私も愛知文部大臣が御指摘になったように、これが特殊法人から国立にかわっても、その弾力的な運営については、今後十分注意して御期待にこたえたいと思います。
先ほど愛知文部大臣がおっしゃった特殊法人の設立の目的ですね、やっぱり弾力的な運営ということで、これは私は非常に今後も守っていきたいと思いますけども、特に御承知のとおり、最近は青少年施設が全国的に、青年の家とか、自然の家とか、大変青少年施設が全国的に普及してまいりましたので、その意味でやっぱり中枢的なセンターの役割りを果たしていきたいと思っているんです。しかし、それはセンターだから、先ほど来指導命令するんじゃなくて、お互いに連絡、協力して、そして日本の青少年を国際的に本当になるほどりっぱな青少年だと言われるような、これがセンター的役割りを果たすことを私は期待をいたします。
この法案はどうしても通していただかなきやならぬと思います。先ほど来申しましたように、定員の問題についても、あるいは待遇の問題についても、われわれとしては万全の措置を講じたいと思っておりますから、これ一日も早く通していただいて、いまのような毎月毎月認可を受けて予算を出すというようなことじゃとても耐えられませんので、ひとつ、私も皆さん方の御意見大変ごもっともな点がありますので、その御意見は十分踏まえて、全力を尽くしてやりますから、ひとつよろしく法案の審議については御協力を賜りたいと思います。
これまでの御論議を通じて、各党とも放送大学の意義を高く評価され、積極的な姿勢で審議していただいておりますことにつきまして、私は心から御礼を申し上げたいと思います。 今回提出した放送大学学園法案は、文部省において郵政省とも相携えて、関係省庁とも十分協議の上取りまとめたものであり、現時点においては最善なりと考えて提案したものであって、十分御審議の上御理解をいただくようお願いを申し上げたいと思います。 それから、いま後からお話のありました継続審議になってもやむを得ないというようなことを私は言った覚えはないのです。そういうような発言はしていないつもりです。ただ、なかなかむずかしいということは私も申し上げたのです。特に、合同審査を伺っ
西岡先生の放送大学の将来計画のお尋ねでございますが、将来における放送大学の対象地域拡大の問題については、文部省としては、今後における高等教育の計画的整備を進めるに当たって重要なプロジェクトとして対処すべきものと考えております。 したがいまして、この観点からすれば、その目途としては、現時点におきましては、現に策定中の後期高等教育計画に引き続き、それ以後十年間を計画期間とする新しい高等教育計画の策定を予定することといたしまして、それに即応して昭和七十一年度までには全国各都道府県に学習センターを設置し、全国各都道府県において学生を受け入れることを目途といたしたいと考えておる次第でございます。
確かに西岡先生のおっしゃる地域、四国とかあるいは東北とか偏在した放送の機会の少ないところ、これをやるということは非常に大事だと思う。ただ、文部省としては、最初の試みでございますからまず東京タワーと、こうきたのですけれども、御指摘の点はまことにごもっともだと思っています。そういうところこそ放送が必要だと思います。 それから、確かに七十一年というのは長過ぎるとおっしゃる。七十一年でなくもっと早くやれ、これも御指摘のとおりでございますが、これは今後放送衛星等の問題もありますから、もっと早めるように私どももできるだけの努力をいたしたいと思っています。
指定校制度につきましては、御指摘のとおり、永井さん、海部さん、砂田さんも一生懸命おやりになって、私ども昨年の調査をしますと、だんだん減少の傾向になっているのです。 本年の二月に、大学局長名をもって関係団体に対して、こういう排他的な指定校制度はやめるようにということを強くお願いしましたけれども、私も、これから御指摘のとおり関係団体に参りまして、排他的な指定校制度を今後徹底的に改善していただくように、よくお願いする次第でございます。
当然、文部省としてはこの問題に真剣に取り組みますから、恐らくそれは続いていると私は思います。
こういうことが起きますと、ますます学閥が盛んになると私は思うので、どこの学校に行ったって、やはり人間としては教育の機会均等だと思いますから、できるだけ教育の機会均等を保障するためにも、この排他的な指定校制度はいかぬと私は思います。
ドラフト制の問題については文部省の所管ではございませんけれども、御趣旨の点はよくわかりますので、私も積極的に御協力申し上げたいと思います。
先ほど申しましたように、指定校制度もやはり就職の機会均等でなければいかぬと思う。 そういう意味で、文部省も指定校制度を廃止したいと思って一生懸命努力しているのですが、ドラフトもその点同じだと思います。私は、あらゆる機会に青少年が伸び伸びとしてこれから成長するためには、できるだけ就職の機会は均等にしてほしいと思います。
機会がありますれば、私は率直に申し上げたいと思っております。
戦後の教育制度の中にいままで元号というのはないんで、年号と言ってきたんですけれども、それは同じ意味でございます。
いま久保さんのおっしゃることもわかりますけれども、しかし、元号はわが国の文化的遺産として、御承知のように歴史学習においても、大化の改新とかあるいは天平時代、元禄文化、明治維新などの元号に関しては歴史的事実、これはその時代的背景などに十分注意して歴史教育しているんですよ。ですからあなたのおっしゃるように、一貫性をやる場合にはやっぱり西暦と併記する必要が私はあろうと思いますけれども、元号は元号としてその時代を背景にした貴重な歴史的文化遺産だと私は思っております。
元号は、わが国では孝徳天皇の時代に大化と称せられたのに始まり、その後、当初わずかな中断はあったが、昭和の今日まで約千三百年の長きにわたって使用され、現在広く国民生活に定着しているところであります。その意味からして、元号はわが民族の歴史に根差した伝統の一つであり、広い意味で文化的遺産と言えるんじゃなかろうかと思います。
私どもも神武天皇は歴史で習いましたけれども、実在したかどうかは私も調べてないのでございます。