まことにその通りでございまして、日本の封建制度というものは、過去の歴史においては至るところにあるわけですから、それぞれのところで適切な説明の加えられることが正しいと思います。
まことにその通りでございまして、日本の封建制度というものは、過去の歴史においては至るところにあるわけですから、それぞれのところで適切な説明の加えられることが正しいと思います。
もちろん戦争についても同じ考えを持っております。ただ、小学校、中学校、高等学校と、それぞれの段階がございまして、小学校では理解しがたいようなものは、できるだけ高学年の方に譲るということはあり得ると思います。ですから、中学校や高等学校の段階で、先ほど来仰せになったようなことは、十分私盛られてくるものと思っております。ただ、小学校はスペースも少ないし、時間的な余裕もないから、そう詳しく扱えないというきらいはあるかと思います。
小学校の社会科には御指摘の通り憲法を平明に解説するとある。ところが、小学校の段階で憲法を論ずるのは非常にむずかしいわけですから、できるだけやさしく解説するようにという趣旨でございまして、中学校の方の指導要領をごらん下されば、憲法に掲げられてあるところの基本的原則を相当詳細に、憲法の問題を扱っているわけですから、特に小学校の段階と中学校の段階が、心身の発達の段階から無理ではなかろうか、こういう趣旨でございまして、憲法の基本的の問題を十分扱うという点については共通でございます。
これは先ほど申しましたように、審議会が最終決定をいたしまして文部大臣に答申する。文部大臣が答申に基づいて指示しておるのでございまして、一つの機関決定でございますので、一々の人がどういう意見をあげたとか、あげないかというようなことを、外部に公表する性質のものではないと私は心得ております。
ここでも御質問の点については、十分理解いただける説明をいたしておるわけであります。ですから、私ども責任をもって答弁をしておりますので、私どもの答弁に間違いがありますれば、いかようにでもこの点は解明をいたしたいと思っております。
これは具体的な事例でないと、そういうことは言えないと思います。(加瀬完君「具体的な事例を求めている」と述ぶ)今、加瀬委員からお述になった事例についても、一々責任をもってお答えをしておるのですから、この責任あるいは答弁を一つ信用していただく以外に私はないと思う。歴史の教科書についても、徳武情報を中心にいろいろ議論がされておりますけれども、全然別の観点から、「文芸春秋」でもお茶の水の尾鍋教授が書いておるのですから、私どもは、今私が申し上げたことが、これが真実でございますので、それ以上の資料は今のところないわけでございます。
ただいまお述べになったことについては、一々私どもから責任ある答弁をいたしておるのですから、御質問のない事柄について、私どもがどの教科書についてどうだ、こうだというようなことは差し控えたいと思います。
具体的事例がありますれば、あらかじめお調べいただきまして、私の方にも資料をいただけますれば、それに対して、文部省の統一ある見解をお伝えいたしたいと思います。
教科書調査官の選考基準といたしまして、第一に「旧制大学学部卒業者又はこれと同等以上の学力を有すると認められる者」と、「ただし、音楽、美術、職業、家庭など特殊の教科を担当する者については、旧制高等専門学校卒業者若しくはこれと同等以上の学力を有すると認められる者」、これが第一です。二番目に「経歴、業積等からみて、調査官として担当すべき事項に関し、大学の教授又は助教授となりうる程度の専門の学識があると認められる者」、第三に「初等中等教育に関し理解と識見を有する者」、四番、「視野が広く、かつ、人格が高潔で円満である者」、五番、「思想が穏健中正で、身体健全である者」、六番、「昭和二十三年以降の検定教科書の著作編集に従事したことのない者」、七番
さようでございます。
新美君は、昭和十五年の三月に神宮皇学館の教授になり、その後、昭和二十九年一月に愛知県立女子短期大学の教授になった方でございます。
この全員が適格審査に合格しております。
さように考えております。
パージになった者は一人もないと私は聞いております。
そこに書いておりますように、慶応義塾大学の経済学科を卒業された方で、ここに書いてありますように、善隣協会の調査部と、蒙古文化研究所長をやっていらしたと、こういうことでございまして、この人もパージになっておるわけではございません。
皇国史観というものがどういうものか、私よく存じませんが、村尾君は私の部下として有能な部下であり、人格もりっぱでございますし、私も信頼しておるのでございます。
社会科の中には分野として政治、経済、社会、地理、歴史の部門がございますので、そのうちの法制、経済関係を担当していただいておるのであります。
歴史の学問的な立場は、その人の個人の自由でございまして、私どもは、文部省の教科書の検定をしていただくのに適当な人物であるかどうかということを中心に選考したわけでございます。先ほど来申しますように、個人で勝手に指示しておるわけではございませんので、十人の社会科の調査官が会議で一致した見解に基いて、さらにこれが調査員の意見とあわせて教科書の検定審議会の十五人の委員によって、委員みずから調査研究され、調査官の意見と調査員の意見を十分参考にされて判定せられたものでございますので、個々の考え方がどうのこうのということは私行き過ぎではなかろうか。これは思想の自由でございますので、個人の思想には私どもはなるべく立ち入りたくない。しかしながら、先ほ
先ほど来神宮皇学館におったとか、あるいは平泉先生の門下におったとか、こういうことだけでその人の価値を判定するのは、非常に行き過ぎではなかろうかと思うのです。要は、その人が中正、穏健なる思想を持っておるかどうかということだと思うのです。私どもは、中教審の答申の中に、現行の検定制度を維持してということは、国定にするとか何とかいうことではなくて、検定を維持しながら、しかも検定に当たる調査官は穏健、中正でなければならぬという、そういう趣旨を体してこれは任命したものでございまして、いずれも適切な人だと考えておるのでございます。
村尾君のことについて今お尋ねがございましたけれども、私も村尾君とはしばしば話をしておるし、いろいろな会議で彼の意見も聞いておりますし、また、彼の出しておる論文等も十分目を通しております。文部大臣の意向に反しておる人物でないことは明瞭であります。さらに本人の調査をしろとおっしゃっても、私は信頼しておるものでございますので、今その考えを変える意思はございません。