まあせっかく総理府で、関係各省全部、これは文部省だけではございませんが、警察庁から関係各省全部網羅して、そして、せっかく審議会ができましたので、私はしばらくその経過を見たいと思っています。
まあせっかく総理府で、関係各省全部、これは文部省だけではございませんが、警察庁から関係各省全部網羅して、そして、せっかく審議会ができましたので、私はしばらくその経過を見たいと思っています。
戦前は御承知のとおり師範学校制度で、教員養成専門の学校だった。ただ、これは中等程度の学校だったんですよ。戦時中に専門学校に昇格しましたけども、中等程度の学校。私は、あの人たちは教員養成を使命としていたと、そういう意味で私はいい先生がいたなあということを感じているんです。それから、戦後の方は御承知のとおり開放制なんです。これもいいところがありまして、だれでもなれるという点は非常にいいんで、だから人材をあらゆる方面から確保できると、これはいい点ですけれども、これがいわゆる教職教養が教育原理、教育心理、教授法等十四単位ですか、それと二週間の教育実習でだれでも資格がもらえる。そうすると、資格者は非常に多いんですよ、何十万とおるけれども、なる
まあ中央教育審議会からも答申があるし、教員養成審議会の方からも答申がありますから、その答申の線を踏まえて、これからとりあえずは教育実習の点について、ことしの四月から改善の研究会を進めていきたいと思っております。
身体の障害者には本当にこれはお気の毒ですけれども、やっぱり義務制の一環になったわけですから、義務教育はしていただきたい。それからできるだけ軽い者は特別学級へ、普通の学校に入れていただく。それから特に重い方には訪問教師の制度もありますから、それから寄宿舎もありますから、その障害の種類と程度に応じて、適切な教育を行うために養護学校を設けたわけですから、できるだけ父兄の御理解を得て、子供の幸せのために養護学校へやっていただきたい、こう思うんです。
お説のとおり、しゃくし定規的ではいかぬと思いますから、就学指導委員会というのは、お医者さんも、先生も入れて、専門家を入れて、この子にどういう教育がいいのか、十分そこで審議をしていただくわけですから、親の意見もその機会に十分、障害の程度、いろいろな程度を親の側からも聞くし、そうしてその子の幸せのためにどうしたらいいのかということを、私はまじめに、真剣に考えていただきたい、お説のとおりしゃくし定規でやるようなことはやっていただきたくないと思います。
御趣旨の点まことにごもっともですが、問題は、保育所の方は養護にかけるということがねらいなんですね。それで文部省の幼稚園は教育の一環ですから、就学前教育、そこの根本問題が一つあるんですよ。 そこで、お話しのようにいつまでも話し合いばかりしていて、ちっとも実らないじゃないかという御指摘でございますが、よく厚生省側の意見も聞いて、私はやっぱり幼児教育というものは一番大事だと思って、学校に行ってからの教育も大事だけれども、就学前教育というものは非常に大事で、三つ子の魂百までもというんですから、やっぱり子供のときの教育が一番私も大事だと思いますから、厚生省の意見もよく聞きながら、もっと連携を密にして、幼児教育の振興を図っていきたいと思いま
これは非常に大事な問題で、私は橋本厚生大臣がちょうど文部大臣をされまして、お仕えしたことがある。やはり橋本さんも障害児だということで、いまの橋本厚生大臣も大変御理解はあるわけですから、私は両者の意見が一致しなければ困るので、やっぱり両者の意見が一致したものを取り上げていきたいと思います。
放送教育は、いま御指摘のような生涯教育の一環として、私は非常に意義が深いと思います。いま試験地獄に悩まされている子供たち、だれでも高等学校を出れば当然入学資格はあるわけですから、広く国民に開放して、生涯教育の重要な柱にしたいと、文部省多年の念願でございますが、ようやくことしの予算で解決しまして、いま放送大学学園法案の準備をいたしておりますが、御期待に沿うようにしっかりやらしていただきたいと思います。
これは行政整理のこともありまして、どうしても新しい法人をつくるなら、一つ法人をつぶせというのが至上命令でございまして、実は私どもの方も放送学園を設置したいという念願でございましたので、どれか一つつぶさなきゃならぬというので、いまいろいろ相談をしまして、いまお話しのように、安全会と給食会、これは学校保健という共通の立場を持っているので、いまこの問題を検討している最中でございます。
いまお話しのように、どうしても放送学園というのは特殊法人でやれという意見が非常に強かったので、それのためにはどれか一つ法人をつぶさなきゃならぬという至上命令でございますので、どれが一番いいのか、いろいろ文部省内で検討したわけなんですが、学校保健衛生を考えてみるとき、給食会も安全会も、それからその他学校衛生の問題を含めて、やっぱりわりあい共通的な要素が多いので、比較的この法人の統合が可能ではなかろうかというので、いま検討している最中でございます。
これがはっきりした段階になったら御報告申し上げます。
私の本当の名前は「タカサブロウ」と読むんです。名誉の誉という字、誉れですわね。これを「タカサブロウ」と読むのは非常にむずかしいんで、どうしてこんなむずかしい名前を親がつけたのかと私は思うんですけども、選挙になりましたら、あれを「タカ」と呼ぶ人がいないんですよ。みんな「ヨサブロウ」、「ヨサブロウ」と言うから、切られの与三郎になっちゃったのかなと思ってね、私も選挙の皆さんの便宜を図って「ヨサブロウ」ということにして、国会では「ヨサブロウ」に変えてしまったわけでございます。
私もよく存じませんけどね、ともかく誉れという字を「タカ」と呼ぶのは非常にむずかしい。さっき高橋誉冨さんもいらしたけどね、あれを「タカ」と呼ぶのは非常にむずかしいんでね。粕谷先生も選挙をおやりになってみてね、やっぱりあなたの名前なら問題ないんですけどね、誉れは高いと言ってもだめなんですよ。選挙民の人たちはやっぱり字を書いてくださるわけですから、書くときにやさしい方がいいわけですから、それで、私も選挙民の皆様が「ヨサブロウ」、「ヨサブロウ」とおっしゃるから、じゃ、もう「ヨサブロウ」にしようかといって本名を変え、名前はどっちでもいいんですけどね、国会では「ヨサブロウ」としたわけでございます。
私は、先ほども申しましたように、教育一筋に四十年まいりまして、六・三制を始めるときに私は司令部と折衝したんですよね。たまたま私は英文学を専攻して、私が学校卒業したころは、英語をやるやつは国賊と言われたですよ。しかし、その国賊が終戦後は役に立ちまして、司令部とあの学校教育法全部やりました、一人でね。ですから、剱木さんの報告書を見ると、あれだけは日本語で書いてあるとおっしゃる、私は大変うれしく思うんですが。ともかく六・三制をやって、シャウプ勧告で一文も金がなしですよ、全部取られちゃって、ゼロで六・三制やるって言うから、そんなことできないと言って、天野先生を助けて、私は大変無理して義務教育国庫負担法を制定したんですよ。ところが、半分だけじ
私は、もちろん大平内閣の閣僚ですから、大平総理のおっしゃる信頼と合意、これは非常に大事だと思って、やっぱり私の基本方針としてやっていきたいと思っていますが、多少粕谷先生誤解があるんじゃないかと。私、タカ派とおっしやるけれども、別に——私は教育課程の第一回の改正をやったんですよ。そのときに道徳というものがなかったから、道徳が大事だから道徳というものをやったから一つけんかになった。それからいま一つは、あの勤評が起きたんですよ。それで私は正直言って、勤評などは存じなかったんですけれども、愛媛県で全部昇給ストップしたんですよ。だけど、一生懸命まじめに働いている者だけでも給与を上げたいということで、勤務評定をおやりになって、そこで、私は参議院
教員というのは非常に大事なんで、私は先生方が国際的にも交流できるようにというんで、ちょうど田中内閣のときに実は五千人海外に派遣したですよ。その前はわずか千数百人。一遍に五千人派遣してもらって——一万人にしてくださるといって約束したけどね、田中内閣が倒れたので五千人にとまってしまったんですけどね。海外にも派遣するし、あるいはいろんな意味の研修活動もやりますしね。いまお話の教員養成大学でも、大学院で先生の研修もするというわけでございますが、詳細は大学局長から答弁させます。
大変残念なことに思っております。ただ、本人たちが大学からも厳重に注意していますから十分反省して、今後こういうことは絶対にしないということを恐らく大学にも私は言うているんじゃないかと思うんで、大学当局の処置を信頼して、しばらく私は様子を見たいと思っております。
私は反省がないとは思いません。学長にも厳重に注意してありますし、一つの大学が万一そういうことでやったら、その大学はもう国民から信頼と尊敬を失ってしまいますから、せっかくできた筑波大学ですから、私は、筑波大学が建学の精神に基づいて、国民から本当に信頼され尊敬されるように、こういうことが二度とあっちやいかぬと思うんで、学長にも厳重に私は注意したいと思っています。
私自身も筑波大学には数回行きました。あの大自然の中で、学校も非常に整備されておりまして、お話のように、その管理、運営についても十分よく聞いておりましたが、問題はないと思いましたが、御指摘の点がありまするから、さらによく検討したいと思います。
私はこのごろの子供たちは非常に体が大きくなったけど、何か体力がないような気がするのです。 体育局長から詳細説明させます。