先ほど申しました四十五年が二千三百カロリー、四十八年が二千二百七十三カロリー、そして五十年は二千百五十カロリー、だんだん落ちてきているんですよ。カロリーが落ちてきているんです。そうなりますと結局、食を切り下げつつ生活を守ろうとしているという一面がわかるわけであります。ならば、生活安定のための対策というのが十分に講じられる時期であるにもかかわらず講じられておらない、こういうことにはなりませんか。これは企画庁で答えてもらいましょう。
先ほど申しました四十五年が二千三百カロリー、四十八年が二千二百七十三カロリー、そして五十年は二千百五十カロリー、だんだん落ちてきているんですよ。カロリーが落ちてきているんです。そうなりますと結局、食を切り下げつつ生活を守ろうとしているという一面がわかるわけであります。ならば、生活安定のための対策というのが十分に講じられる時期であるにもかかわらず講じられておらない、こういうことにはなりませんか。これは企画庁で答えてもらいましょう。
総理にお答えをいただきますが、第一分位、収入の非常に少ない人は一生懸命貯金している。収入の多い第五分位は貯金をおろして生活費に充てている。この現状が妥当なものだとお認めになりますか。
インフレ対策をいろいろおっしゃいますがね、政府のインフレ対策なり経済対策なりに国民は不信ですから、将来の見通しの明るさを感じませんから、低所得国が一生懸命貯金して自己防衛しているんでしょう。高額所得者は、インフレ対策の効果が一つもないから貯金をおろして生活費に充てているということじゃないんですか。インフレ、インフレと言うけど、具体的に国民のどの層を一体インフレ対策は救っているかということになりますと、はっきりした救済の対象というのはないんじゃないですか。結局インフレ対策そのものがないということになりませんか。
これは後で触れますが、中期計画とはまるっきりインフレ、物価の上昇率ははぐれているんですよ。この点は後で触れます。 そこで、こういう生活状態の中で、一体政府の賃金対策というのはどういうことになっていますか。
労働大臣はそれで済まされますけれども、景気回復というのが一つのねらいであれば、賃金対策にどう政府が取り組むかということを考えなけりゃ景気対策は成り立ちませんよ。 そこで、これは福田副総理に伺いますが、アメリカの景気回復あるいは西独の景気回復というものはどういう原因で成功しましたか。
これは不況対策の点で質問をしようと思いましたけれども、公共事業による景気へのはね返りというのは非常に低いでしょう。個人消費の回復というものがなければ景気の回復というのはなかなか困難じゃないですか。ドイツでもあるいはアメリカでも個人消費の回復ということに力点を置いているわけでしょう。しかし日本はこれをとらない。とらない理由は何ですか。
経済企画庁の基本的な計画は、消費性向を高めて景気を回復するという、そういう計画になっているんじゃありませんか。それで私は、あと午後に移しますが、二つの点をお答えいただきたいと思う。 四十九年十月‐十二月は個人消費が非常に高率を示しました。これはどういうことですか。五十年の消費鈍化の背景は何でありますか。ここらをはっきりと決めてかかりませんと、公共事業で景気が回復するか、あるいは減税でどうなるかという基本的な問題も基準がつかめませんので。 もう一つ、消費性向の高かった低所得層が非常に消費性向が低率である。これをこのまま認めておって景気の回復ができるか。これらの点を後でお答えをいただきます。
先進諸国は大幅な個人減税によって景気刺激効果を期待するのに対して、日本は減税はおろか、ベアの抑制までしております。なぜこういう形をとらなけりゃならないのですか。
ベアの抑制論は景気回復のためにはマイナスだという議論がございます。これをどう御判断なさいますか。
ベアはしないならば減税対策をする、あるいはいろいろの諸手当の対策をするということでなければ消費停滞はやまないと思うんです。現状のような消費停滞を危険だとはお感じになりませんか。
五十年は九・九%、五十一年は八・八%自体、異状な物価の上昇であります。にもかかわらず、不況脱出に目を奪われて物価安定がお題目にすぎない、こういう批判がありますが、いかがですか。
物価よりも賃金が抑えられる。しかも、公共料金の値上げが軒並みにやってくる。公共料金のやり方は財政一辺倒的発想で、国民の生活を救済をする、あるいは保護をする、こういう立場が毛頭ない、こういうことになりませんか。
賃金を抑える、家計も抑える、その中で公共料金が上がるということになれば、これはバランスがとれなくなるわけですね。五十年代の前期の経済計画概要の物価見通しは、消費者物価の上昇率は六%と見たのですか。
すると、かつての経済社会発展計画の三%、新経済社会発展計画の四・四%、経済社会基本計画の四・九%、いずれよりも高いわけですね。これはどういうことですか。
計画は五%以下に抑えていて、今度新しい方針としては六%というものを認めたということは、長期の消費者物価の安定目標の五%は放棄したということになりませんか。
最初の計画は五%以下なんですよね。それを一%上げて一応想定をしたわけだ。そうすると、最初の五彩以下というのはこれは無理という新しい御認定をしたのか、あるいは放棄をしたのか、いずれかということになりましょう。
最大の努力はわかりましたが、公共料金、さらに地方の手数料、使用料、授業料というものが値上がりを見込まれておりますね。そうすると、物価の影響は変わってくるのじゃないか。具体的に、先ほど出しました第一階層、第二階層、この人たちへの公共料金、手数料、使用料等の値上がりの影響というものはどう分析をされたのか。
物価は安定したという前提は、八%ないし九%の上昇率というものを是認して物価は安定したと見ているわけですね。しかし、いまも御説明がございましたけれども、消費者物価の安定は定期金利以下とお約束をしているはずだ。八%、九%なら定期金利以下じゃありませんよね。それならば、定期金利以下になるまでこれは公共料金を抑えるか、公共料金を上げるならばそれが生活に響かないような別な方法をとるかしなければ、このアンバランスの解消にはならないでしょう。この点はどうですか。
それは財政政策としてはお説のとおりな議論も成り立ちます。しかし、もう一つ政治としてはインフレと不況から国民生活を救わなければならないという大きな柱もあると思う。この対策というものは一体どこに行ったのですか。この対策というものを考えるなら、公共料金を無制限に上げる、こういうことは物価が八%、九%の状態では簡単には踏み切れない問題だと思うんですけれども、どうでしょう。
国の財政も大事ですよ。しかし、国民生活を安定するために国の財政というのは存在するわけであります。したがいまして、こういう状態の中では国の財政のバランスのとり方はまたほかに方法がある。しかし低所得者に対する救済は、これはどうしてもほかにかえるものがない。そこで、低所得者減税というものを全然考えませんでしたけども、これはどうしてお考えになれなかったのですか。