そのとおりです。
そのとおりです。
そういう記憶はない、したがって、そういう事実はないと私は思っております。だから、その日付がどうのこうのという話ではございません。
そういう記憶はありませんし、そういう事実はないと思っております。
ちょっと今ごたごたして、質問の意味がわかりませんでした。
そのセンチュリーハイアットで、そういう、会った記憶はございません、こういうふうに申し上げております。
記憶がないし、事実もありません。
そういう記憶がありませんし、会ったということを、いろいろその後、今回も議論になりましたからいろいろ考えて、そして手繰ってみたけれども、その記憶もないし、ということは、そういう事実はないのであります。だから、今そのところを何時何分、それでどうのこうの聞かれても、それはちょっと困るのでございます。
事実でありません。
それは四年前に問題になりまして、当時も調べました。そのときに、主な日程は、二月の八、九、十だったと思いますが、その前後一、二カ月の日程を全部調べろという話でありまして、当時、一月三十一日という特定の日は話題にも上がっていませんでした。(松田委員「いや、きょうは一月三十一日の行動日程を」と呼ぶ)だから、答弁は聞かれましたことに答弁いたしておりますので、お聞きください。 それで、当時もいろいろ調べたんですが、松田先生御承知のように、あれは選挙が、解散して、そして次の投票が行われるまでの告示の二、三日前というのが一月三十一日ぐらいだったんじゃないかと思います。 いずれにしても、その時期というのは、東京の事務所とそれから選挙区の事務
私が水町氏と二、三回お会いしたことはございます。 ただし、その場所は全日空ホテルではありません。ニューオータニです。
それは事実でございます。 ただ、私がなぜニューオータニにしたかというと、当時官房長官でありまして、そして水町氏に会う用件と、それから別途、公務でいろいろ人に会ったり指示するという意味で、二つ別に部屋をとって会っていた。水町氏に会う別の部屋をとっていたということは言いませんでしたけれども、そういったことがあったものですから、私の記憶に残っておるのです。
私は、水町氏に会いまして、こういうことが国会で、またマスコミで話題になっているんだけれども、そういうことがあるんだろうかと、私が忘れているということもあるし、そういう可能性もあるわけだからどうなんだろう、私は全く覚えがないけれどもと言いましたら、水町氏は、そういうことはありません、だから自信を持ってないということをしっかりと答えてくださいと言いました。
そういう具体的なことを覚えておりません。ただ、二、三回水町氏には会いました。 それからもう一つ、何人かの人が一緒に会ったということはありません。 例えば、TBSの記者さんの話がありましたけれども、その方は社会部の記者でございます。この問題の取材に来られたということはあります。しかし、それが具体的にどういう場面であったか、その日は覚えていませんが、そんな方と一緒に対策を立てるわけはありません。(発言する者あり)
私は水町氏とその前後二、三回会ったということを申しました。ですから、それがどの日であったかは覚えておりません。だから、三月十七日であったかもしれません。四年前のことでございます。 それで、もう一つ申し上げたいのは、はっきり申し上げられるのは、今いろいろな人の名前が出されましたが、その人たちが一緒に会合を持ったことはありません。持つわけがありません。
手を打っておいたというといろいろな誤解を受けますけれども、申します。私は、佐藤三吾議員から質問を受けて追及されております。
よく国会で手を打ったというのは、手心を加えてほしいというような手を打ったというふうに週刊誌等に書かれます。書かれております。しかし、私は佐藤三吾議員からこの問題について追及を受けております。
いろいろ報道されておりましたので、その事実があったかどうかということを自分は覚えていないけれども、水町さんにお聞きしたいということで会いました。それからまた、その後管財人の、いろんなリストみたいな騒ぎが当時たしかあったように思います。そこで、そういうことはどういうことなんだろうという意味で水町氏と会ったことはございます。 ただ、そのノートがあるとかいろいろおっしゃいますけれども、まず第一に、会っておりましたのはホテルニューオータニでございます。だから、そこの事実関係からまず間違えていると。正確かどうかということは問題があろうと思っております。
そういう発言をしてはおりません。
先ほど高村さんにも申しましたけれども、私が当時考えておりましたことは、やはり、管財人のリスト等の問題に、名前が出たということで、もちろん国会でも取りざたされたけれども、マスコミでも取りざたされた。それは宮澤内閣というものに対して大変迷惑をかけることになるわけであります。したがって、特に平成二年二月分というようなことで何かたしか書かれていたというふうに思いますので、その点はどうしても、非常に困ったなと思いました。 それから二番目に、水町氏と森口氏との非常に親しい関係から、正規の政治資金団体としてこれはちゃんと水町さんが届けてくれているものですけれども、その紘和会というところに資金が来ているという可能性は、私は、あるというふうに思い
水町氏はそれを二月とおっしゃっていたようですけれども、二月ということはないと思います。で、具体的な日にちは我々もわかりません。かなり後になってからだったのではないかなという気はしますが、ちょっとわかりません。