数日前に物価安定政策会議で、野菜の問題につきまして重要な提案があったと思うのですけれども、あれはたしか長官は、たいへんりっぱな提案である、良心的に実施したいというお考えだったようですけれども、その気持ちにお変わりはありませんか。
数日前に物価安定政策会議で、野菜の問題につきまして重要な提案があったと思うのですけれども、あれはたしか長官は、たいへんりっぱな提案である、良心的に実施したいというお考えだったようですけれども、その気持ちにお変わりはありませんか。
あの提案は、つまり、いままでの市場が自由にと申しますか、産地から無計画に集まってきたものをそのまませりにかけて、そうしてその日に全部処理をしていくという、全くいまの自由取引のシンボルみたいなものが市場の問題であった。少なくとも理論的にはそうつかまえてこの問題は運用してきた。これに対して今度は、そういうものでは需給の調整ができないじゃないか、つまり野菜の問題は、野菜の値段が底上げするというよりは、年間の異同が非常に激しいというとらえ方で、需給の調整を持たせるような卸売り市場にしようという考えが背景にあって、生産者とあるいは消費者の組織化という問題がついてあの問題が提起されているのであって、従来の自由経済と申しますか、あるいは自由な価格
きょうの御質問の焦点は実はその点にあるのですけれども、他の問題からもう一つ御質問してみたいと思います。 この二カ月ほど前に、長官も公正取引委員会の谷村さんも、管理価格の問題につきまして特に発言されまして、何らかの監視するシステムというものを考案する必要があるというお考えを発表されたと思うのですけれども、それから約二カ月以上たつわけですけれども、何か腹案ができましたか。
いまの管理価格の体制というものが、公取の調査によりましても、日本はもう先進国並みあるいはそれ以上に進んでおるという一般的な理解があると思うのです。そういう資料も出ておると思うのですけれども、管理価格の問題を現在の公取の独占禁止法の改正というワク内で果たせるとお思いになるか、あるいはそれとは違ったシステムが必要だとお思いになるのか、見当でけっこうですから、どういうように……。
長官が御判断になる現在の状態から見て、つまり、あの一ころ言われた、ある種の監視の体制が必要だというお気持ち、その監視の体制が必要だと言われる場合には、公取という、自由競争というものを前提にしたフレームワークの上に立った法律という性格のものか、あるいはそれを一歩越したものかという、このどちらが必要だというふうにお思いになるかということをお伺いしておるのであります。
時間もありませんので、もう一つ、いまの再販制度の問題です。 このごろ非常にまた議論になってきておるし、業界もだいぶ騒いでおるようですけれども、この問題は、結局再販の維持をあれする大手の業界の値段のとり方、つまりコストのとり方、扱い方という問題が基本的な問題になってきていると思うのですけれども、これをそのままにして再販制度をいろいろいじくってみても、これは問題の解決にならないという感じがするんですが、そういうような問題を長官、どういうようにお考えでありますか。
私も同じような考えを持つのですけれども、再販制度というものをいまのままでこれを廃止しても、現にあるやみ再販という問題はもっと広い広がりがある。これに対してはほとんど手がつかないのに、再販制度の問題をいじったところで問題は解決しない。したがって、先ほど申し上げたコストの問題を、これは一種の管理価格の体制になっていないところもなっているところもありますけれども、そういう問題について適当な国の行政のチェックが必要になってくる。そういうところに問題を置いて考えないと、この問題はいじくっても解決にならない。そういう面からも、長官も言われた、何らかの監視の一つのシステムを考える必要があるということが出てくるわけだと思うのですね。そういう問題につ
全く一つの寡占的な会社の産業のコストということを一言いいましても、これを調べる場合はなかなか困難な問題がある。そういう場合に一番効果のある方法は、たとえば寡占体制だと思われる産業の中にいわゆる競争的な公企業という性質を持った企業、そういうようなものを考えてみる。たとえば国鉄なら国鉄という現在独占的な一つの経営のもとにあるものに対しても競争条件を入れると同時に、公企業としての性格を持たせるという意味でも、競争的な公企業という概念も必要になってくる。こういうようなことが出てきますと、競争的な公企業において一つのコスト計算が行なわれる。これが一つの基準になって公正な一つのコストという問題が出てくることもあるわけなんです。こういう問題も検討
おっしゃるように、日本の実績で、公共的な一つの企業経営というものはなっていない。つまり国民の信頼を受けていないということがあることは事実です。これがそういうようないろいろなアイデアをチェックしていることも事実です。そういう事実ですけれども、いまむしろ問題は、公企業のなっておる部面をそのような形にしていく、自由企業をそういうものにしていく面と、現在の公企業をそのようにしていくという二つの面があると思うのですけれども、そのあとの面、現在の公企業を競争的な公企業という性格に変えていくというのはどうかということです。
もう一つ最後に。 新しく改正された経済社会発展計画の中に従来と変わった、運営の態度としての違った面があるように私は思うのですけれども、その一つとしてつまり所得政策の問題を、従来長官自身が言ってきたよりももっと強い形で所得政策というものを評価して、そしてこれをできるだけその条件をつくっていこうというような気持ち、意気込みが見られるのですけれども、そういうふうに理解していいですか。
私がいままでいろいろ質問してきましたのは、政府はいろいろ物価の問題に対してやっておられる。しかし、なかなか実効はあがらない。きょうは触れなかったのですが、肝心の土地の問題につきましても、いろいろ政策会議も提案をなさり、政策会議の提案の中にも相当——はっきりした考えが貫かれておるとは考えておりません。いろいろと矛盾があり混乱があると思います。そういう問題の一番大きな根本は、自由な価格形成という一つの原則がある。しかし現実の必要は、もっともっと計画的な、もっともっと公的な権力の介入が必要だという要素が現実に迫ってきておる。この二つの問題について、いつまでたってもあいまいな態度を持っておられる。そういう態度である限りは、現在の段階における
先ほど四・八%の問題が出ておったのですけれども、いまの状態からいいますと、最近の私鉄運賃なんかその例なんですが、私どもから見ると苦しい芝居をしているなというような感じがするようなことも、もう限界にくると思うのです。今後どんどんメジロ押しに、そういう意欲を持った値上げの要求があるわけですから、それらの問題を考えましても、ここらあたりでいまの——そうせぬと、企画庁長官が行政をおやりになるにもとてもやりにくいのじゃないかと私は思うのです。そしてまた、最高五%のラインを堅持するというこの体制から非常にあいまいな状態になっておるということなんかも、もっと真剣に検討してみる必要がある。安定政策会議からもずいぶんそういう提案も出ておるのですけれど
きょうは一番しんがりになりましたが、長官は先ほどからお茶も飲まないで、水は飲んでおられますけれども、たいへんおくたびれだと思いますけれども、どうしてもお聞きしたい点が二点ほどありますので、御意見をお伺いさせていただきたいと思います。 今度の中曽根長官の訪米は内外からたいへん注目されておると思います。それにつきまして長官のお気持ちをまずお聞きしておきたいのですけれども、長官はいろいろな機会に、安保体制というものは考えられる将来にわたって維持する必要があるけれども、一九七五年ごろには安保条約の改正というものは必要になるんじゃないかということをおっしゃっておられると思いますけれども、現在でもそのお気持ちに変わりありませんか。
現在、長官が訪米されるということについて、アメリカ側でも日本側でもたいへん大きな注目をしておる重要な背景は、アメリカのアジア太平洋戦略と申しますか、そういう問題について大きな変化が予想されておるということがあるし、長官自身も、安保条約も一九七五年という時期を目ざして改正する必要があるんだとおっしゃっておる。この二つの問題から注目されておると思うのです。アメリカの国内のいろいろなジャーナリストが政府の見解を自主的に伝えて、いろいろな論説がありますけれども、つまり一九七五年ごろまでにアジアの主要な基地から陸上兵力と空軍を撤退するという基本的な変化という問題について、長官はどういうような御見解を持っておられますか。
外務省のアメリカ局長にお伺いしたいのですが、今月の八月十八日、ごく最近の「世界週報」にリチャード・ハロランという人が、太平洋アジア条約機構という問題について長文の論文を発表しておるわけです。これはごらんになりましたか。
これは非常に重要な論文だと思うのです。この論文をここで簡単に要約しますと、つまり一九七二年から七五年の間にアジア太平洋地域における、たとえばベトナムとか韓国とか台湾とかタイとかフィリピンとか日本とか、沖繩の基地を一番最後にして、七二年から七五年の期間において順次陸軍あるいは空軍を撤退するだろう、撤退というよりは後退さすだろうというような報道を中心として、それに対してのアジア太平洋条約機構——前にNEATOというものがありましたけれども、あれを少し拡大して強化したようなものに転換していくだろうというような趣旨の長文の論文なんです。そういう問題について局長の、アメリカの態度について考えておられる問題についてのお考えをお聞きしたい。
いまのニクソン・ドクトリン、つまりグアム・ドクトリンというあのニクソンの考え方をずっとあとをつけていく、あるいはベトナムに対するアメリカの国内のいろいろな世論、ニクソンさんが打っている手等を考えますと、ベトナムにおける状態というものはかなり強引な形での撤退の宣言のようにわれわれには聞こえるのですけれども、しかし、現にこれを公表しておるというような問題、あるいは韓国におけるそれと同じ傾向の宣言等のことを考えて、こういう問題を外務省としてどういうふうに評価しておるのか。そうは言っても、状態がむずかしいからなかなかそんなことはできやしないんだというふうに評価しておるのか、あるいはそういう傾向もあり得ることだというふうに見ておるのか、その点
長官が防衛の新しい方針として打ち出されております一番のかなめは、やはり自主防衛プラス安保条約という方向にできるだけ早く確実にもっていきたいということだと思うのですけれども、いまのニクソン・ドクトリンあるいはいろいろな論文でこのごろ示唆されている傾向を、これは好ましくない、何とかそういうことはもっと延ばしてもらいたいというふうにお考えになっておるのか、あるいはそれは必然的な傾向であって、それに対する適当な対処の方法を日本はとらなければならぬというふうにお考えになって、そういう態度を打ち出されておられるのか、その点どうでしょうか。
今度アメリカに行きまして、向こうの当局者、レアード国防長官とかその他の人にお会いになって、そういうアメリカの責任者の口から、できるだけ早くこういうような体制をつくりたいんだという話があった場合に、長官は、それは予期しております、それについて日本の対処する態度を至急とりたいと思うというふうにお答えになるのか、あるいはそれはちょっと待ってください、アメリカのコミットメントのいろいろな問題もある、いろいろな現地の動揺もあるから、それはちょっと待ってくださいというふうにお答えになるのか、そうはっきりしなくても、どういう感じのお答え、応対をなさるつもりか、よろしかったらお聞きしたい。
しかし、この問題について長官は、やはり腹をきめていかないと、話し合いにいま参っても、いろいろな人が期待しているあれから見て——その腹を言うと言わぬにかかわらず、腹はありますか。