会つておりません。
会つておりません。
会つておりません。
ありません。
ありません。
丹羽さんにですね。
それは知つております。
二回程あります。
初めに参りましたのは、これは事務所が開設されて間もなく、伊藤が来て呉れというので私は行つたと思います。そのときにおつた人はちよつと記憶がないのでございますが、まあ伊藤がおつたことは、これは間違いないわけですが、それからその次は昭和二十三年の十月末か、十一月の初め頃でしようか、藤田部長が刑事部長を辞められる前ですね、そのときに藤田部長と一緒に行つたことがあります。
六、七月頃は私は行つていないつもりです。
そんなことはございません。
私は大体二十三年の五、六月頃というのは……。
その頃というのは丁度今の予備隊というのができたばかりなんです。丁度創設される前後でありまして、盛んに増員をやつているときでありまして、そうして部下の訓練その他に追われまして、殆んど寧日なしというのが当時の状態でありまして、そんな出歩きなどは私には殆んどできないときでございました、そのときは。
全然ありません。私は搜査二課におつたときに、大きな事件の事後の問題というのは必ずいろいろ問題が起きて来るのですね、ですからそういうことについては、よそから聞かれてもこれは断わりますし、又人にもそういう渦中には入るなということを始終言つておりますから、そういうことはないと思います。絶対に。
これは事務所が開かれたから、その事務所を一遍見て呉れというわけですね。
来て呉れというわけです。
これは丹羽さんじやないのです。一番最初伊藤君が開いて、その部屋を丹羽さんが借りられたのじやないかと、私はこういうように記憶しております。
伊藤がおつたことは記憶しております。
そのときは丹羽さんだけだつたと思つております。
これは藤田部長が丁度変られる前で、身体の工合が惡かつたのです。そんな関係で行かれて、何か強健法なんかをやる人があるということで、その話をされておつたようです。
私が藤田部長の方に行きまして、どちらともなく一遍行こうというので出かけたと思います。