時間がございませんので二、三の点について外務大臣にお尋ねしたいと思います。 さっき戸叶さんの質問中、いろいろの点に答えられまして外務大臣は、先般発表されましたアメリカ上院の小委員会におけるジョンソン国務次官の答弁の内容については、日本政府の考え方と一緒である、変わらぬ、こういう御答弁であります。私はことばじりをとらえるわけではありませんが、ほんとうに変わらぬのでありましょうか。もう一ぺん御答弁を願いまして、その点について質問を展開したいと思います。
時間がございませんので二、三の点について外務大臣にお尋ねしたいと思います。 さっき戸叶さんの質問中、いろいろの点に答えられまして外務大臣は、先般発表されましたアメリカ上院の小委員会におけるジョンソン国務次官の答弁の内容については、日本政府の考え方と一緒である、変わらぬ、こういう御答弁であります。私はことばじりをとらえるわけではありませんが、ほんとうに変わらぬのでありましょうか。もう一ぺん御答弁を願いまして、その点について質問を展開したいと思います。
従来から政府は、総理大臣も外務大臣もこういう説明をしてこられました。日米共同声明以後も日米安全保障条約の性格は変わっておりません、運用のあり方も変わっておりません、そして沖繩は核抜きで返ってまいります、そして沖繩は従来あった安保条約のワク内で本土と同様になるのです、こういう御答弁であったと思うのであります。国民もそう信じておると思うのであります。全部とは申しませんが、大部分はそう信じてきたと思うのであります。しかし今度のジョンソン答弁の発表を見ておりますと、私は非常に違うと思うのであります。たとえば、沖繩の返還は七二年に必ずしも実現するとは限らぬ、これはことしの一月時点の証言でありますから、私はもうすでに半年以上たった今日の時点でこ
せっかくの外務大臣の御答弁でありますが、国民の間に従来政府のしてこられました説明、答弁等に大きな疑惑を持っておることを否定し得ない内容を今度のジョンソン答弁は持っておる、こう思うのであります。アメリカ政府の意向がジョンソン次官によって答弁されたのであります。そこで、外務大臣は必ず七二年には沖繩は返還されるのだ、こういう強い確信を持たれたような御答弁であります。そうしますと、返還協定というものは大体来年のいつごろには、これはむずかしい問題でありましょうが、できるという見通しをお持ちでございましょうか。大臣でございますから、見通しなしにはおやりにならぬと思うのであります。
返還協定の全文ができる時期はいつかということを外務大臣がここで答弁されることは、相手もあることで影響も大きいでしょうから、それはこれ以上問いませんが、私のお尋ねしたいところは、もし来年、春でも夏でもようございましょう、でき上がったといたしますね。ところが再来年の七二年、東京新聞の四月一日だとしましょう。そうすると、どうしても来年末の通常国会には提案されなければならぬでありましょう。間に合いません。そのときになってもまだベトナム戦争は済んでいないという事態も想像できないことではないわけであります。ところがジョンソンは、そういうときには特別な合意取りきめをやるのだということを証言しておるわけでございましょう。ところがあなたは、日本政府は
時間がありませんので、質問の途中でありますが、もうあと一点で終わりたいと存じます。 わずか二十分間でありますから、質問も十分できませんが、外務大臣あるいは政府がいかに強弁をされましょうとも、ジョンソン証言というものはさっきから繰り返しますように、日米共同声明というものは沖繩返還及び日米安全保障条約運用について従来政府がいってこられたこととは違うのじゃないか、非常に危険な方向に行っておるのじゃないかという疑問を持っておる人が私は非常に多いと思うのであります。これはもう否定し得ないと思う。愛知外務大臣はジョンソンの言っておることも日本政府の言っておることもあんまりは変わらぬのだ、こういう答弁をしておられますが、私はそうでないと思うの
外務大臣に、対米繊維輸出規制の問題について、お尋ねをしたいと思います。 三月六日の本委員会で、吉野公使が帰りまして、吉野公使を招致した理由等についてのいろいろ説明がありました。それから五日に帰任するときに、政府の当時の態度等についても口頭をもって訓令を与えておる。そして、六日には電報をもって大使館のほうに訓令を送って、アメリカ政府のほうに当時の政府の態度であるということについての通告——通告といいますか、申し入れといいますか、返答といいますか、そういうものとして文書をもって政府側に返答をしろと、こういうことをただいまおそらく電信で打ったところではないかと思うというような意味の答弁がありました。その後、中旬には向こうからケンドール
そうしますと、在米大使館のほうからは最後の詰めの時期がきておるので、最終的な何か政府の訓令を仰ぐ、こういうような連絡はきていないのでございますか。
外務大臣は、私が先月の六日、一月前に質問しました当時は、三原則といいますか、三本の柱といいますか、アメリカの政府のほうに、覚え書きといいますか、返答といいますか、そういうもので、こちら側の日本政府の態度を説明しておる、こういうことであります。その後、これももちろん私はこの委員会であなたに確かめたわけではないのですが、いろんな新聞報道等を詳細に読んでみまして、ある時期には、たとえば三月中旬にケンドールという人が来ていろんなことを言っておる。これを基礎にしてといいますか、たたき台にしてといいますか、これを勘案し、従来の態度とは違った三つの柱なんかを厳重に守るという態度ではなくして、業界の賛成は当然得られないような方法でも業界に何とかして
それではあなたそういう御答弁をなさるならば、私はもっと聞きたいのですが、私は何もケンドール案をあなたがのんでどうこう、こういうことを言っておるのじゃないのです。ああいうふうなケンドールというような人が来て、いろいろ接触を政府もされた、あるいは業界もされた。たとえばケンドールという人が繊維産業の人たちと会ったときに、そういう接触もしておるわけです。先般商工委員会で参考人として業界の人、あるいは繊維産業の労働組合の人たちも呼んで意見を聴取しており、私もそこに出て聞いておりましたが、たとえばケンドールという人が会いに来ている話をしておりましたが、一年間の包括規制というような話もありました。じゃ一年間でそういうものが終わるという保証はどこに
今後もそうした従来の態度をずっと保ち続けて対米交渉をしていこう、こういう御意向でございますか。
願望ですから、変わることもあるのですか。いかがでございますか。
この繊維の問題は、前にも申ましたように、あるいは私が申さなくても大臣は御承知のとおりでありますが、ある意味ではわが国における国民の対米感情の一つの大きな分かれ目に行く問題になる可能性が大いにあると思うのです。たとえばこの繊維の対米交渉という問題は、マスコミのいろいろな宣伝といいますかそういう結果で、もう国民には広く大きな印象を与えておる問題であります。単なる経済問題だけでは私はないと思うのであります。ということは、何かアメリカ側がわが国を押えつけて、そして無理なことを、道理にかなわないことをわが国に要求してきている、こういう印象を国民は広く持っておると私は思うのであります。たとえばよくないですが、たとえば戦争前の、かつてずっと昔のこ
もう時間がありませんが、さっきのことばじりをとらえるわけじゃないのですが、外務大臣、業界もこんなことでいつまでも解決しないのでは困る、もうどうでもいい、早く解決すればいい、こうあなたが言ったというのじゃないですよ。しかしそれじゃやはりたいへんなことでありますから、こちらのほうにおきましても、長期戦でもあくまでも筋を通した態度でいってもらうということを重ねて要望いたしまして、時間がありませんから終わります。
時間がございませんので、ただ一点だげ伺っておきたい、こう思うのであります。御答弁は谷口さんと宮崎さんにお願いしたい、こう思うのであります。 ちょうど吉野公使が帰国しまして、新しい政府の訓令を持ってワシントンに帰った日でありました。私が外務委員会で愛知外務大臣に質問をいたしまして、政府が新しい訓令を与えて吉野公使を帰したいきさつ等について詳細な答弁をしております。そのときに私はこういう提言をしたのであります。政府が出先の下田大使を通じ、あるいは吉野公使を通じて、アメリカ政府といろいろ交渉してきたのであるが、また、わが国内においては、もちろん外務省当局がアメリカの駐日大使館との接触でいろいろ交渉はしてきたであろうが、もう一つ欠けてお
もう終わりますが、いまも、簡単におりないようにと、アメリカ人としてもそう言っておるのですから、両御大、内閣が弱腰でおりようとしても、最後までおりないようにがんばっていってもらいたい。もう答弁は要りません。
外務大臣に私は対米繊維輸出規制の問題について、時間がありませんから二、三の点を質問をしたいと思うのです。 すでに両院の本会議でも質問がございまして、総理大臣以下関係大臣の答弁もありました。また予算委員会でも各党の同僚議員が質問をしております。いままでにいろいろ解明されてきた点もありますが、また私は理解できない点もあるのであります。特に昨日帰国をしておりました吉野公使が帰任をいたしました。そうしてきょうの新聞を見ましても、あるいは昨日の予算委員会において足立議員でありますか、一般質問で聞いておられました。吉野公使が帰任の際に、今後の新しい段階としての対米交渉の訓令を何か与えて帰任をさして、そして来週にもなれば、対米折衝を一そうに強
いまの外務大臣の御答弁よくわかりましたが、第一これは外務大臣の耳に入っておるかどうか知りませんが、私は聞きますよ。外務省の中ですでに昨年日米首脳会談のときに話はできているのだ、こういうふうなうわさは絶えず聞いておる。それを裏書きするように、あなたの代理で、命令を受けて行っておるわけじゃないが、外務大臣の管轄下にある下田大使は、新聞にも報道されたり、あるいは国会でも取り上げたような下田大使案というのをしゃべって、ジョンソン国務次官に申し入れた。そして二十八品目でなくて数品目であるならば日本政府は考えるべきである、あるいはまたそういう申し入れをしてみたり、記者会見をして、どうせこの話は最高首脳部の間ではさまっておる問題であるというような
どうも答弁が長くて、大事なことをちっとも答弁されないのですよ。あなたの訓令を大使はほんとうに向こうにわからせるように努力しておるとは思われぬがどうか、あなたはどうお考えになるのですか、こう私は聞いたんですよ。
そこで、私はいろいろ聞きたいことがあるわけですけれども、時間がありません。とにかく一九五六年でしたか、綿の規制のときは数品目でした。そしてそれに応じていった。今日では全品目について規制をしよう。あの当時われわれはこれは必ず外堀になるぞ、こう言いました。私いまでも覚えている。今度は内堀になる。毛及び化学合成繊維の規制になった。おそらくこれは近い将来弱電機の製品であるとかあるいはその他のアセンブルのいろいろな雑貨類というようなものの規制にもつながってくると考えなければならぬ問題である。しかも政府は、表面は一貫してガットの場でならこい、インジュリーがあるならそれを持ってこい、初めからのそうしたオーソドックスな態度で臨むんだ、こう言っておら
もう終わりますが、この問題の処理が筋の通らないことで中途はんぱな妥協をしていかれて間違った道を進んでいく、こういうことになると、私は、これは他の諸国にも大きな影響を与えてまいるでありましょうし、日本の今後の経済的、外交的発展にも影響がくるということをつけ加えて申し上げまして、政府の善処を要望しまして、質問を終わります。