ですから、二〇一八年夏の補欠推薦があった、その直後にこの文書を作成をしていたということで、当時の山極会長は、NHKのインタビューで、定年によって会員の補充が必要となったときに、学術会議側が検討していた候補の名前を伝えたところ、官邸から難色が示されたということを言っている。山極前会長は、学術会議で議論をし直す場合は理由が必要なので、理由を教えてください、そのために官邸に出向きますと杉田官房副長官に事務局を通じて何度も申し上げたが、来る必要はない、理由も言うつもりはないと、それ一辺倒なので非常に困りましたと述べておられますが、これはそういうことだったということですね。
