ございませんでした。
ございませんでした。
この特殊物件処理委員会に最後の案をかけますときには、事前に内務省の方へ商工省から御相談がございまして、そのときにはよく御説明を伺つたように記憶しております。
五社を選定されました理由でございますか——。それはこの仕事は早くやらなければならない。そして資材が全國に散らばつている。これを敏速にまた適切に有効にやるためには、どうしても力のあるところにやらせなくちやならぬ。設備の点から申しましてもまた資金の運轉の点から申しましても、どうしても力のあるところにやらせなければならない。そこでいろいろ産業界の実情を大観して、鉄については日鉄、鋼管、非鉄金属については三社ということで御説明を受けまして、私も了承をした次第であります。
その点はなはだ申訳ないのでありますが、私の記憶のはつきりしない点もございますが、実は私は在任中一度もお目にかかつたことはないのであります。たしか退官しますときに、長々お世話になりましたという御挨拶に行つて、そのとき初めてバラード大佐にお目にかかつた。私直接この問題についてバラード大佐とお話しする機会がなかつたために、非常に記憶のはつきりしない点があるかと思うのでありますが、ただいまお話のように、バラード大佐からはつきり命令があつたかどうかということをつきつめてお尋ねいただきますと、私はその点はわからないのであります。ただ申し上げたいことは、先ほどから申し上げておりますように、廃兵器処理に関するいろいろな方針を立てていただきますために
どうもその点は記憶がないのでございます。
文書による場合もございますし、軽微な問題は直接担当の方にお目にかかつて口頭で伺つてくることもしばしば行われておりまして、特殊物件に関する限りは、私の在任中文書で來たのは一回か二回ではないかと私は憶えております。と申しますのは、第一回は一番初めにまいりましたいよいよ連合軍から日本政府に返還するから準備をしろ、大体こういうふうにやれといつて、これが一番基本的になつたデイレクテイヴでありますが、それが一つ。その次に、これは正式のものでありましたかどうかはつきりいたしませんが、処分大綱をきめます際に、これだけは全般に各省に関係いたしておりますので、内務省の調査部で立案をして、関係各省の御意見を伺つて閣議にかけたのであります。閣議にかけます前
私は四箇月前後ほど在勤いたしましたけれども、いわゆる仰々しい形のデイレクテイブ、あるいは何と申しますかその他の形で、要するに文書で向うの意思をはつきりと言つてくるという問題は少かつた。その代り毎日のように調査部の者は、当時G・H・QのG・4でありますが、そこに隔日くらいに出て行つて、こちらの兵器の受理の進行状況、また実際地方になかなか向う側の指令が徹底していないところがありますので、いろいろそういう点について意見を具申に行くとか、そのときに向うの見解を聽いてくるとかいうことがあつたのであります。それで大体事が足りておりまして、一々指令を紙に書いてもらわなければ仕事がやりにくいということは、私のおりましたときにはそういう不便は感じなか
さようでございます。
特殊物件全体の問題については、たとえば大臣がお送りになる際、あるいは議会でいろいろ資料の準備をなさいますとか、あるいは地方長官会議が開かれるというようなときには、伺つていろいろ御説明をしており、またときには大臣の方からお呼びになつて、あの問題はどうなつたとお尋ねになつたように、全般として記憶しておりますが、兵器処理の問題については、次官、大臣に御報告したかどうか、実ははつきり記憶はないのであります。と申しますのは、私の当時の記憶としまして兵器の処理をこういう機構でやる、こういうやり方でやるということについて、その当時あまり問題が起らなかつた。何かいろいろむずかしい問題が起きまして、たとえば商工省と内務省と非常に意見が食い違う、あるい
これは契約担当の委任をしてくれということを、当時の会計課長にお願いした書類だと思います。
これは一般的なものでないと思います。
この契約は五月の十六日でございます。これは申請しましたのが十二月二十八日でありますから、おそらくこの当時はまだ案ができていなかつたのだろうと思います。ただ一般的にいろいろの事務の便宜上、あれはたしか会計課長か何か主任官になつておつたと思いますが、それを調査部長に任してくれ、こういうことをお願いした書類じやないかと思います。
見ませんでした。これは青木君からも御説明があつたろうと思いますが、兵器の処理は急いでやれということで急いでやらせたのでありますが、実際にはなかなか経費の見透しがはつきりしなかつたのであります。それで今から考えると少し異樣な感をおもちになるかも知れませんけれども、廃兵器処理の決定をしていただいたときにも、必要があればそれぞれの予算的措置をとるとか、五社をプール計算にしてやるとかいうような考え方がたしか盛つてあつたと思うのであります。兵器を処理します、殊に鉄の部門については、そのことが非常に無理じやないかという考え方がありまして、金はかかつて、はたしてそれでスクラツプにして引合うのかというようないろいろな問題がありましたために、とにかく
私の在職しておりますときはそういう考えで、たとえば代金もたしか後拂いというようなことに当時考えられておつたわけです。それらの点についても全然関係者との相談もできておりませんでしたが、そこまでとても具体的に契約するということまでは話はまいつておらなかつた。
その所有権の問題というのが、当時いろいろ議論をしましたのですけれども、実は法律的によくわからなかつた。大体日本政府に返還をしていただいた以上は、連合軍の指示によつて処分して差支えない、こういうふうに考えておりました。法律的に所有権ということになりますと、実はその当時たしかいろいろ議論をしたように覚えておりますが、あまりはつきりした結論は出なかつたように思います。
大体そういうお示しの通りに、はつきりした法律観念をもつて臨んでおりませんでしたけれども、実際そういうやり方をしたと考えていただいてよいと思います。
大体そうであります。
さようでございます。
さようでございます。
さように考えております。