小松隆氏であつたと思います。
小松隆氏であつたと思います。
これは組合の規約ではどうなつておりましたか知りませんが、大体商工省の方で小松氏を委嘱するということでおきめいただいたと思つております。
兵器処理の関係については、総務局でやつておられたと思います。
さようでございます。
菅波君だつたと思います。
私の在任しておりますときには記憶がございません。おそらく退官した後にそういうことが具体的に動き出したのではないかと思つておりますが……。
はい。と申しますのは、私の在任時代は兵器を引取るということに全精力を集中しておつて、具体的な処置というような段階にはまだはいつていなかつたと考えておりますので、ただいま申し上げたような御答弁をしたわけであります。
兵器処理委員会に事務局というのがございまして、事務局の人がときどき調査部に來られて兵器引取の状況の報告、またいろいろ実際に当つて引取る段になりますと、地方でなかなか円滑にいかない点がありますので、そういうような点について内務省として骨折つてくれというような話がありましたことは、確かに記憶しております。
私の退官後四箇月先であつて、全然知りません。
たしか五社で責任区域を分担させたと思つております。鉄は全國二つにわけて、非鉄金属は三つに分けたと思つております。そうして私の方が兵器の処理がこういうふうにきまつたということをそれぞれ地方廳に示達してやる。その兵器の範囲はどういうものかというようなことも、商工省、内務省と御相談をしまして地方へ通達をしてやる、それによつて地方で兵器処理の方へ引渡す、こういうことをしておつたと思います。
種類は多少明確を欠くような点がございまして、それはたしかいろいろ内務省、商工省とも御相談をして、いわゆる解体兵器として五社に引取らせるものはこの範囲と、はつきりきめて通知をしたように記憶しております。数量の点でございますが、これはたしか軍から大雑杷な資料をいただいたように記憶しておりますけれども、具体的に兵器がどれだけあつたかというようなことは私はつきり記憶をいたしておらぬのであります。殊に兵器と申しましても、彈薬等は部隊によつてはどんどん海中投棄をなさいましたし、航空機のごときもちよつと解体をして日本側へ返還をしてくださいます部隊もございましたが、あるところでは全部飛行場のまん中に集めてガソリンを掛けて燒いてしまうといつたような関
それは私もはつきり記憶いたしませんが、おそらくリストをつくつて、そこへ示して引渡しをするということをいたしたと思います。これは地方廳でやつたと思います。その集計したものは当時内務省には全然集まつてきておりません。
廃兵器でございますか。これは私はつきり記憶がございませんですが、七百万トンというような数字は少し厖大に過ぎはせぬかという感じでございます。
私でなければならぬわけでありますが、その数字はどのくらいありましたかはつきり……。
およそでもはつきりしたことは申し上げかねます。
さようでございます。
さようでございます。調査部の東京支局長をしておりました。
それはそのとき話を伺つておつたわけでありますが、逐次その後関係方面で御研究になつた結果、ああいう組織になつたわけであります。
私は聞いたことはありませんが、私の考えを申させていただきます。兵器を解体するということは、とても政府の力では困難でないかと思います。結局解体をするにしましても非常な設備を要する、また解体したあと製錬するとか何とかいたすにしましても、結局民間の力を借りざるを得ないという実情でございますので、その点を考えられてバラード氏が民間にやらそう、こういう案をお出しになつたのではないかと思います。
それは先ほど申し上げましたように、退官の際に御挨拶に行つてお目にかかつた。