催促はないが、こちらから断つております。まだ拂えないから待つてくれと言つて……。催促は受けたことは一回もありません。
催促はないが、こちらから断つております。まだ拂えないから待つてくれと言つて……。催促は受けたことは一回もありません。
そんな仲ではない。私は何十年來の——向うは金持、こちらは貧乏人ですから……。
そんな仲ではないのです。借りたものは返さなければならぬ。ただ貧乏しておるのですから、その期限に返せぬ場合にはあなた方も経驗されておるであろうと思うが、約束の期限に返されぬことが往々あるのでありまして、今日約束の期限は過ぎたが、まだ金ができぬから、できるまで待つてくれということは、しばしば会つたときに冗談にもまじめにも頼んでおりますけれども、何とも催促されたことは一度もありません。つい二、三日前に岐阜縣の自由党の支部長丹羽彪吉君は、私がたいへんとらを愛好しておることを知つておるので、とてもいい翠石のとらがあつたので、少々高かつたが、わざわざ持つてきて、君のために買つてきたといつて院内に届けてくれるほどの関係の深い仲であることを、ここで
五十万円という大きな金は借りたことはありません。これはインフレの結果五十万円ですが、もとは小さな借りです。ときどき陣中見舞をもらつたこともあるし、あるときは金を借りたことも何度もあるし、数はおぼえておりませんが、借りたことはあります。
五十万円のうち十万円は大野伴睦として党費に寄附いたしておまりす。これは明らかに届出てあることであります。あとの四十万円は主として何に使つたとおつしやるが、これはあまり使わなかつた。今言う通り、幹事長というものはずいぶんポケツト・マネーを要するものでありますから、さようなことにも使つたし、あるいは交際費等にも使つた、四十万円の大部分の金は選挙のときまで残つておりました。その金はなんに使つたかといわれるが、それを土台にして家を建てました。それは私の郷里です。
四十万円で足りないと思います。もつとかかつているでしよう。かねて許可を取つておつた家を建築しました。これは新築したとはつきり申し上げるのですから、お調べになれば一目瞭然です。
あります。
それは記憶いたしておりません。家を建てたなどということは申し上げなかつたかも知れません。
そういうことは私は思い出しませんが、そういう人にわけてやりたいという意図をもつて金を借りたことは事実です。それは私の選挙区の市会議員や縣会議員、そういう人にやりたいという考えはもつておつたが、やるチヤンスがなかつた。
さあ記憶にないんです。そのときには家を建てるということはあまり言いたくないもんですから、さようなことを申し上げたかもしれませんが、事実はさようなものには一つも使つておりません。
さあこれもはつきり記憶いたしませんが、二箇月前の四月ごろじやないかと思います。
そうです。
いやはつきりした記憶はありません。
家は去年の選挙ごろから着手いたしまして、資材その他の問題で、金もなかつたものですから、だんだん遅れておりましたが、四月ごろにはでき上りました。
これはまだ精算はいたしませんでしたが、三十八坪くらいありますから、五十万円くらいかかつているのではないかと思います。相当木材なんかよいのを使つておりましたから……。
私の名儀です。
多分そうでしよう。
さあ、私はその記憶ははつきりいたしません。十万円と十五万円は記憶いたします。
そうです。それは建築資金とかいろいろなものです。
そうです。