富
富樫光雄
紀栄丸船長
1951-05-15
衆議院・行政監察特別委員会
そうです。
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そうです。
センペコタンです。
国後に着いて、その今までのストーブの部屋に監禁されたわけです。
いや、二人だけです。
そうです。
いません。
五トンばかりです。
いや、歩哨がついていたのです。
武装したロシヤ人の歩哨です。
そうです。
あとの二人はどこかへ上つて行つた。それはよくわからないのです。
一人は上つて行きました。村尾という人です。
そうです。それから今川という人は――大体自分らは国後近くになつたとき、向らの監視船が来て、四人とも自分の船から監視船に来せられたのです。
船はひつぱつたのです。
そうです。それは船がセンベコタンに入つてから、一番先に村尾という人が上つたのです。それからわしら二人は自分の船に来て監禁された。今川という人が一人あとに残つて、その後どうなつたかわからないのです。
大体十三日から二十日までの間、調べるときだけ船から上げて、あとは船に監禁しておくのです。
いいえ、自分でたいて食べたのです。
食事をつくるときは、監禁された部屋の中でたいたのです。
はい。
それは自分が帰つて来て船主のところに行つたのです。そうすると船主のところでも、捜索願いを出してある、それですぐ連絡した方がいいというわけで届け出たわけです。