それから第二は根本の問題ですが、連合軍の接収は没収じゃないか、こういう議論があるのであります。政府の見解は、これに対して、どういう見解を持っておるのかということと、政府が没収じゃないのだということでこの法律を出しておりますが、その理論的な根拠、これはぜひとも明らかにしておいていただきたいと思うのであります。
それから第二は根本の問題ですが、連合軍の接収は没収じゃないか、こういう議論があるのであります。政府の見解は、これに対して、どういう見解を持っておるのかということと、政府が没収じゃないのだということでこの法律を出しておりますが、その理論的な根拠、これはぜひとも明らかにしておいていただきたいと思うのであります。
私は、政府がそういうふうな解釈をとられるに至ったその憲法上の根拠、つまり、たとえば内々この接収の問題については没収だということを言っておる憲法学者もおれば、没収でない、行政管理だというふうな憲法学者もおるわけなのです。その没収だと称する憲法学者の議論は間違っておるのだということは、一体どこから出てきておるのか。政府がそれをとるに至った基本的な考え方、それはただいま上東野さんから言われたところでは、ちょっとこれは論拠が薄弱なような気がする。
これは明らかにしておきたいのですが、没収だと議論をする憲法学者の議論は、どういう見地に立ってやっておりますか。
そうすると、連合軍は、戦時国際法上、あるいは一般国際法上、私人のものの所有権を奪い取る権限はないのだ、こういう見地は、憲法学者において確定されておるわけですか。
その点はまた他の委員からもいろいろ御質問がありましょうから、私は先を急ぎますが、それじゃいよいよ本文に入って、本文の中で疑問の点を二、三尋ねてみたいと思うのであります。 第一は、連合軍に接収された貴金属、これは客観的なものですよ、それと現在政府保管中の貴金属、これは食い違いがあるのだろうと思うのであります。総数量あるいは種類等においてその食い違いはどの程度にあるのかということは、政府においておわかりになっておりますか。
その明細については、むろん実際処理してみたければ、どれとどれとが食い違うということは、明確な数字はわかるまいと思いますが、私がお伺いしたいのは、個人の財産は任すことができないんだという建前のもとにこの法律を作つておる以上は、接収はされた、現物はない、これは一体どういうふうな救済手段を、講ずるのかということです。個人の財産はあくまでも尊重するという建前で法律を作っておる以上は、接収されたことは証拠によって明らかである、しかしながら現物はない、かわるべきものも何もないという場合に、その個人はいかなる方法によって救済されるのか。あるいは連合軍が保管中に略奪した、あるいは紛失したというものもありましよう。そういうものは、接収されたことだけは
そういたしますと、連合軍がやった不法行為である、その不法行為に対する損害賠償の請求権は、平和条約で日本政府は放棄しておるから、国としては連合軍に請求できない、こういうことですね。そうすると、個人の財産は侵されないという建前からいうと、その個人は政府に対する請求権はあるのですか。
私が伺いたいのは、日本政府はアメリカ政府に対して請求権は放棄しておる。しかし個人の所有権は侵されないという建前をとる以上は、個人は政府が損害請求権を放棄したことによって救済されないのでありますが、その他人は政府に対して請求権があるかどうか。たとえば在外資産ならば、これは所有権ですから時効の…題は起らない。しかし請求権である以上は、債権ですから時効の問題が起ってくるはずなんです。だから請求権があるのかどうかということと、あるとするならばそれはいつ時効にかかるのか、この問題はどういうふうにお考えになりますか。
そうじゃなくて、元来個人の資産は侵されないという建前をとる以上は、連合軍がやった没収行為あるいは略奪行為は、これは不法な行為なはずですね。それで現物が残つておる限りは、返すべきものは返すから、個人の資産は侵されなかったということになるけれども、接収中に紛失したり、あるいは向うの軍人が略奪したというものは、これは個人の財産を侵し、しかもその人は、本来ならはこの法律によって返さるべきものが、実際は返ってこないという結果になる、そうですね。しかしながらその請求権は、平和条約によって、日本政府はアメリカに対して放棄しておる。だからアメリカに対しては、連合軍に対しては、請求権は国としてないということになるのですが、しかしその請求権を放棄した責
それじゃその点については、他の委員からもまだあと議論があるそうですから、私は、どうも今の政府の説明には納得できないけれども、またあとでやることにいたしまして、次に移ります。法文上の問題ですが、法文によると、被接収者と所有者とが両方とも権利がある場合に、まず法律上は被接収者が請求するということになっておる。ところがこの問題は、この法律に書いてありますが、所有者の方が二人も三人もおると主張しておる場合、この法律によれば、最初は被接収者に返すことになっておるので、被接収者が請求すべきである。ところが被接収者か訴求しないときには、所有者が請求するということになっておりますね。その所有者が二人も三人もおるとき、二人も三人も自分が所有者なりと主
それはその通りでしょうが、そういうことは、法律のどこに書いてありますか。
民事で解決するとすれば、裁判所の決定を待つてから所有者が確定するのだ。所有者が二人以上あることは理論上ないのですから、その一人に確定するまでの間は、大蔵大臣は一体どういうふうにしておればいいかということは、この法律のどこに書いてあるのですか。ペンディングにしておくということはどこに書いてあるのですか。
どうも私この法律を読みますと、所有者なりと称する人が出てきて、そうして返してしまえば、それで大蔵省の責任はなくなるように読めるのです。Aが被接収者だ、この人か本来ならば請求をすべきなんですが、Aなる被接収者が請求しないので、その場合には所有者が請求することができると書いてある。そうすると、甲という所有者が請求した。ところが証拠によって、どうもあなたの方では、この人が所有者らしいという認定をされようとしているところに、乙という所有者が現われてきた。そういうときにどう処置するかということは、この法律のどこに書いてある。
そうすると、裁判所の役目を大蔵省はやるということになるのです。そうすると、甲が正当な所有者なりや乙が正当な所有者なりやを、大蔵大臣が確定するということになってしまう。その場合に、大蔵大臣はその問題から離れて、争いが起ったら裁判所に戻して、裁判所で所有者が確定するのを待っているべきではないですか。この法律をすらっと読むと、大蔵大臣が所有権まで認定するように書いてあるように見える。
不服の申し立てがあったときに、大蔵大臣は、甲が所有権者である、いや乙であるという所有権の認定までするのですか、裁判所がやるようなことまで……。認定そのものがいけないのだという争いを所有者はやれるのか。つまり大蔵大臣が最後の相手なのか、裁判所なのか、どっちなんですか。
そこで、これは山手政務次官にはちょっと無理かもしれませんが、大蔵大臣の裁定に不服があるということだと、最後は行政裁判になる。しかし所有権の争いを行政裁判に持ち込むということはできますか。
それではこういうことですね。つまり大蔵大臣が所有者なりと認定した、不服を申し立ててみた、なおかつ大蔵大臣は甲が所有者だと認定する、そこで行政裁判所に持っていって、大蔵大臣の認定が門迷いだといっても、なおかつ行政裁判所でも、大蔵大臣の裁定は間違いでなかったといって返した。そうすると、大蔵大臣は甲にその金銀を渡す。その甲に渡すものについて所有権の争いが起ったら、これは民事裁判に打っていくのだ、こういうことですね。
大体ですか。
それからこの法律によりますと、不特定物資についてはいろいろな手続を経て返還するごとになっておりますが、その返還が開始されるのは、請求の期限がすべて経過してから一般的に返還を開始するのか、それともただいまのような最終的な紛争が解決するまで待たなければ不服のない者にも返せないのか、その点は、この法律上はどうなっておるのですか。
特定物資については、むろんそのつど返してよろしいが、不特定物資については、たとえば銀なら銀グループ、金なら金のグループについて、一つでも紛争がある場合には、それが解決しなければ金のグループ、銀のグループには返さないのだ、こういう建前ですか。