教科書の内容を改めるべしという中国政府の要求は、日本における検定制度の仕組み、あるいは一口に申しますれば検定を行った文部省の真意等について十分な理解を持った上での要求とは考えておらないわけでございます。したがいまして、時間をかけて、誠意を持って懇切に説明することによって理解を得たいというのが私どもの態度でございます。
教科書の内容を改めるべしという中国政府の要求は、日本における検定制度の仕組み、あるいは一口に申しますれば検定を行った文部省の真意等について十分な理解を持った上での要求とは考えておらないわけでございます。したがいまして、時間をかけて、誠意を持って懇切に説明することによって理解を得たいというのが私どもの態度でございます。
現行の改訂に文部省の意思が加わっておることは紛れもない事実でございますから、文部省は責任を回避するつもりは毛頭ございません。これは検定の仕組みを説明する過程で先方にも申し上げたことに違いないと信じております。 なお、教科書を改めよという要求についてどう考えるかということについては、ただいま申し上げたとおりでございまして、誠意を持って説明することによって理解をしていただく、その努力を今後も続けてまいりたいと思っておるわけでございます。
多少重複をすることになるかもしれませんが、あらかじめお許しをいただいて申し上げますが、初中局長から申し上げましたとおり、中国と諸外国との戦争を記述する際に「進出」という言葉を用いている教科書があるわけでございます。たとえば、アヘン戦争は、これは公然たる大規模な戦争でございましたし、弁護の余地のない戦争だったと私は信じておるわけでございます。その結果中国はいろいろなきわめて屈辱的な条件をのまされた。かような行為を歴史の書物あるいは歴史の教科書で「進出」と書くということははなはだしく適切を欠いておるかといえば、私は必ずしもそうは考えないわけでございます。歴史の教科書でございますから、客観的な事実を記載すればよろしい。一般的に申しまして、
私は、満州事変以降日本が中国に対して行いました行為、これは正当化することのできない行為だと考えております。この点において佐藤先生の御認識といささかも変わるところはございませんし、ほとんどことごとくの教科書が、ただいま朗読をなさいましたように、過去において行った事柄に対する責任をとらなければならない、そのことの厳しい反省に立脚して中国との友好を促進していかなければならないという共同声明の趣旨について解説をいたしておるわけでございます。 先ほど来問題になっておりますのは、歴史の教科書における記載でございます。歴史の教科書は客観的な事実を記載すべきものでございまして、過去の戦争が、支持することのできない戦争であった、日本が犯した過ちで
私もそのとおりだと考えております。
検定の内容を公開しない理由について申し上げます。(有島委員「理由じゃないのだ、認識、暗いか明るいか」と呼ぶ)まず、このことを申し上げませんと御答弁にならないと思います。御容赦をいただきます。 これは、検定に合格いたしました教科書は、文部省が教科用図書として適切であるとして認定したわけでございます。これはことごとくの教科書がそれぞれ商品として市場に出るわけでございますから、検定の内容をありのまま公表するということは採択に影響する、かような観点からこれを公表することは適当でないと考えておるわけでございまして、これが文部省の真意でございます。 あたかも密室で何かよからぬことをやっておるように受け取られておるとすれば、きわめて残念で
そのような印象を与えておるといたしますれば遺憾でございますから、これを払拭する努力をするつもりでございます。
御同感でございます。
外国からも理解され、尊敬されるような日本人を育てるということ、これは今日ますます重要な文教政策の課題になっていると私は考えておりますので、そのために、なかんずく教育の国際交流というようなことには大いに意を用いていくつもりでございます。
文部省といたしましては、教科書の記述が公正で客観的であり、教科書でございますから言うまでもございませんけれども適切な教育的配慮のなされたものであることを期待して、周到、綿密に、しかも偏らない態度で検定をいたしておるわけでございます。しかしこれは人間のやることでございますから、絶対に間違いがないとまでは申しません。したがって、でき上がったものに対していろいろな御批判がございますれば、これは謙虚に受けとめるつもりでございます。
申すまでもなく、文部大臣の責任において教科書を権威づけておるわけでございます。
これは多くの教科書が記載いたしておりますとおり……(有島委員「教科書じゃない、大臣」と呼ぶ)はい、私が答弁を申し上げておる。 南京占領の際に日本軍によって相当多数の中国の軍民が殺害される、そうしてそのことによって国際的な非難を受けたという事実は、これは否定できない事実でございます。
南京事件を含めまして日本の軍部が行った行為は、これはとうてい正当化することのできない行為だ、かように認識をいたしております。
正当化云々という言葉は、あるいは誤解を招くかもしれませんので……(有島委員「誤解を招きますね」と呼ぶ)言い直しますが、弁解の余地のない戦争、かように申しましょう。
南京事件を指して仰せでありまするならば、仰せのとおりと存じます。
申すまでもなく、なるべくわかりやすく書くべきものでございます。
仰せのように、過去の事実を反省して世界の平和に貢献しなければならない。これは教科書のはっきり記載をしているところでございます。そのような認識の裏づけになる客観的な事実を教科書が書いておるわけで、教科書におきまして必ず価値判断を伴うような言葉を用いなければならないとは私は考えておらないのであります。
私自身も峻厳な認識を持っておるつもりでございます。
文部省といたしましては、憲法の基本理念を受けて制定されました教育基本法の趣旨に従って適切な教育行政を進めていこう、このような姿勢に、かつてもいまもいささかも変わりはございません。ただいま軍国主義云々というようなお言葉もございましたけれども、軍国主義を排撃すべきこと、平和を尊重すべきことについてはことごとくの教科書が強調しているところでございます。かような考え方にいささかも変わるところはございませんということを申し上げます。
私は、教科用として真に適切な教科書をつくるための仕組みとしての現行の制度、これは適切な制度だと考えておりまするし、また、適切に運用されておると信じております。ただいまの御提案は、一つの御見識であると受けとめておりまするが、教科書については近年いろいろな御批判がございます。現行の検定の制度、仕組みについてもさまざまの御意見が出ておりまして、国民の関心も高まっておるかと思いますので、先ごろ来、中央教育審議会に現行の検定制度のあり方を含めまして教科書全体のあり方について諮問を申し上げておるところでございます。遠からず答申をちょうだいできると期待しておりますが、答申をいただきました際には、その趣旨を尊重して現行制度の見直しについて考えてまい