先ほど来るる申し上げましたように、歴史の教科書の記載は客観的なものであるべきでございます。したがいまして、用語等も客観性のある用語を使うことが適切であると私は信じておるわけでございます。そのように御理解をいただきます。
先ほど来るる申し上げましたように、歴史の教科書の記載は客観的なものであるべきでございます。したがいまして、用語等も客観性のある用語を使うことが適切であると私は信じておるわけでございます。そのように御理解をいただきます。
私は、過去におきまして日本の軍部が中国に対して行いましたことは弁護の余地なき行為だと信じておるわけでございます。このような基本的な認識を修正するとか変更するというつもりは毛頭ございませんし、ほとんど、ことごとくの教科書がこのような認識をはっきり書いておるわけでございます。かような認識の裏づけになりまする客観的な事実を歴史の教科書は書くべきであり、書けばよろしい。その際、「侵略」という言葉を使っていけないとは申しませんが、「侵略」という言葉を用いずに、より客観的な「進出」という言葉を使うということがはなはだ適切を欠くとは考えておらないわけでございます。
かつて日本が犯した行為に対して、峻厳な反省をすべきである、かような基本認識についてはいささかも変わっておりません。このことは、先ほど来るる申し上げたとおりでございます。
歴史の教科書でございますから、信憑性ある史料に基づいた事実を記載するというのが正しい方法だと信じております。第一級の史料でない云々というお言葉がございましたが、そのようなことを申したとすれば、これははなはだ不遜な言い方であった、反省すべきことだと存じております。八百人という数字は、沖縄県史の中で多くの人が回想録を書いておるわけでございますが、その回想録に記されておる数字を県史とは別の他の史料が集計いたしまして八百という数字をはじき出しておるわけでございます。相当時期がたってからの個人の回想録というものは十分信憑することのできる史料でないということは学問としての歴史の世界におきましてはいわば常識でございましょうか。したがいまして、この
仰せのとおりでございますので、私も日中両国の相互の理解を一層深めていくための一つの方法といたしまして、教育の国際交流、留学生の派遣、受け入れ等につきましては及ばずながら懸命に努力をいたしておる次第でございます。
仰せのとおり、互いに相手の立場を思いやるという基本的な姿勢が欠けておりまするとなかなか親善関係を深めていくことはできない、こう考えております。
検定に際して文部省がやりましたことは、先ほど来申し上げておりまするように理由があってやったことでございますが、このような事態が出てこようとは全く予期しなかったところでございます。私も長い間にわたって、もとより力は足りないのでございますが、日中の友好親善関係促進のためにいささか努力もいたしてまいりましたので、今度のことには本当に心を痛めておるわけでございます。私どもの日常生活におきましても、全くそのつもりがなくて人様の気持ちを傷つけるということは間々あるわけでございます。かような場合には何ら他意はなかったということを説明して御理解をいただかなければならない。今回のことにつきましても、誠意を持って当方の真意を説明して御理解を得たい、こう
御意見を承っていろいろ教えられるところがございます。率直に申し上げます。私も今回のことにつきましては根本にさかのぼって十分考えてみたいと考えております。
ただいま仰せのように、教科書の検定に際しましては、教科書の記述が公正で客観的であること、同時にまた、教科書でありますから当然でございますが、適切な教育的な配慮がなされておることを期待いたしまして、文部省は偏らないことを旨として綿密に検定を行っております。 今回のことでございますが、日本における検定の仕組みあるいは検定に臨む文部省の基本姿勢あるいはまた問題点として指摘されておりまする個々の事項につきまして、文部省の真意を時間をかけて十分説明いたしますれば、終局において友好関係を損なうような結果にはならない、そのように考えておるわけでございます。 したがいまして、すでに中国に対しましては今晩の九時から文部省の初中局長と王暁雲公使
中国と日本との間におきましては、友好関係あるいは相互の信頼関係をますます深めていかなければならない今日のこの時点において、不測の事態と申しますか、予期せざる事態が生じたことは非常に残念に思っております。したがいまして、繰り返しになりまするが、当方の真意を十分説明いたしまして理解を得たい、こう考えておるところでございます。
教科書におきましては、憲法の基本理念であります平和主義について十分説明をいたしておりますことはもとより、日中共同声明の趣旨につきましてもほとんどことごとくの教科書が記載をいたしております。過去において戦争を通じて中国に甚大な損害をかけた、その事実を厳しく反省をして日中の友好関係の促進に努めていくべきであるということについても多くの教科書は詳細に記述をしておるのでございます。この基本的な態度には今後もいささかも変わりはないわけでございまして、ただいま仰せになりました「侵略」を「進出」云々ということでございますけれども、細かくは申し上げませんが、問題は歴史の教科書でございます。歴史の教育におきましては史実に基づいた、信憑すべき資料に基づ
一つの例でございますが、「日本の中国侵略」という見出しの部分を「満州事変・上海事変」というふうに改訂をした教科書がございます。しかし、この見出しのもとになされておる記述には一言一句も変更がないわけでございます。これを通読いたしまするならば、前回日本が中国に対してしかけた戦争が支持すべからざる戦争であったということは十分理解できると存じます。 なお、教科書の全体を通読いたしますれば、先ほど申し上げましたように、日中共同宣言の趣旨についても明確に書いておるわけでございますし、前回の戦争を日本の国民あるいは日本の政府はきわめて厳しく反省をしておるという事実もはっきり書いておるわけでございますから、これらの点を私はただいまきわめて簡単に
「進出」という言葉は価値判断を伴わない客観的な用語だと理解いたしております。 繰り返しになりますが、中国と諸外国との戦争を記述した部分で「進出」という言葉を使っており、日本と中国との戦争に関しては「侵略」という言葉を使っておる教科書はございますので、用語を統一してはどうかという改善意見を出した。これだけの問題でございます。「進出」という言葉、別に特によい感じを与える言葉とも考えておりません。
これは改めて申し上げるまでもないことでございますが、日本のことごとくの教科書から「侵略」という言葉を強制的に削除せしめたというようなことではございません。日本史の教科書が十種類ございます。西洋史の教科書が二十種類あるわけでございまして、「侵略」という言葉を改訂いたした教科書は日本史の中で一種類、西洋史の中で二種類、それだけの数字でございます。したがいまして、改善意見にもかかわらず「侵略」という言葉を今日なお使っている教科書も幾つもあるわけでございます。「進出」という言葉をこの場合使っておりましても、教科書全体を通読いたしました場合には、日本の中国に対して仕掛けた戦争が正当化することのできない戦争であるということは十分理解できると私は
先ほど申し上げましたように、検定の結果について国の内外を問わずいろいろな批判がございましょう。ことごとくの批判に対して謙虚に耳を傾けるというのが文部省の姿勢でございます。 今回の問題につきましては、日本における教科書検定制度の仕組み、あるいは文部省の基本的な姿勢、あるいは個々の問題点について詳細に説明をいたしますれば、必ず正しい理解が得られるに違いない。したがって、誠意をもって時間をかけて十分説明をしていこうというのが私の考え方でございますから、したがいまして、内政とか内政干渉とか非常に高飛車な態度をとる、そのような発言をするということは好ましくない、私はそう考えております。
閣僚として、いわば同僚である方々の発言をこの場で批判することは差し控えさせていただきますが、私の気持ちはただいま申し上げたとおりでございます。
日中共同声明の趣旨、すなわち過去において日本が行った行為について責任を痛感している、仮にかようなくだりにつきまして文部省がこれを改訂せよとか削除せよとか申しますと、言うまでもなくこれは重大問題でございましょう。さようなことをやったことはございませんし、今後もさようなことをするつもりは毛頭ございません。いま問題になっておりますのは一つの特殊問題でございます。 なぜこの際「侵略」という言葉を他の言葉に変えた方が望ましいのではございませんかという改善意見を出したかという理由につきましては、先ほど来申し上げているとおりでございます。十分時間をかけて説明いたしますれば当方の真意は必ず理解してもらえる、かように信じておる次第でございます。
ただいま中国から厳しい批判を受けておるわけでございますが、その批判のよって来るゆえんのものについて十分時間をかけて心をむなしくして承る、そういう意味でございます。
これは、先ほど来お答え申し上げたことの繰り返しになって恐縮でございますが、一、二の教科書が、中国と諸外国との戦争一般について記述いたします場合に、「進出」という言葉を使っている。日本との戦争についてのみ「侵略」という言葉を使っている。用語を統一なさってはいかがでしょうか。その際、「進出」という方がより客観的な用語ではございませんかといったような改善意見を出しました結果、この意見を取り入れて改訂をした教科書もあり、しからざる教科書もある、かような事情でございます。
独立運動全体を「暴動」と書き改めさせたという事実はないと存じておりますが、その点につきましては、政府委員から答弁を申し上げさせます。 ただいまの朝鮮民主主義人民共和国の問題でございますが、この朝鮮民主主義人民共和国におきましても、わが国の教科書について問題を提起している新聞報道で承知をいたしておりますが、当面政府として特に対応することは、いまの時点ではまだ考えておりません。