総理の訪中、私自身の訪中に先立ちまして、当方の立場を十分理解してもらいますように、誠意を持って精力的に努力をするつもりでございます。
総理の訪中、私自身の訪中に先立ちまして、当方の立場を十分理解してもらいますように、誠意を持って精力的に努力をするつもりでございます。
先ほど小野委員の御質疑に対して答弁申し上げましたように、きわめて遺憾な事態であると存じております。 文部省といたしましては、教科書の検定に際しましては、記述が公正で客観的であることを旨として、偏らない態度で決定をしてきておりますが、でき上がったものに対しまする内外の批判に対しては謙虚に耳を傾けるつもりでございまして、したがいまして、本日午後九時から在日中国大使館の王暁雲公使と初中局長とが会談をいたしまして、先方の言い分にも十分耳を傾け、かたがた当方の立場も御説明申し上げる。韓国から外交ルートを通じての申し入れに接しておりませんけれども、韓国に対しましても、きわめて近い時期に会談をすべく先方の御都合を伺っているという事情でございま
仰せにはまことに御同感でございます。
韓国からは外交ルートを通じた申し入れに接しておるわけではございませんが、韓国に対しましても、韓国駐日大使館に対しまして事情の説明を申し上げるつもりでただいま都合を問い合わせておるという状況でございます。
お答えをいたしますが、日本史の教科書が全部で十点。点と言いますのは種類というふうに御理解いただきたいと思います。その中で、検定前に「侵略」と記述していたので検定意見を付したものが三種類、個所として四カ所ございます。この検定意見に従って記述を改めたものが一種類一点、それだけでございます。検定意見に従わず、検定後も「侵略」と書いておりまするものが二種類の教科書、個所として三カ所、こうなっております。 それから世界史でございますが、検定意見を付したもの六種類、全部で十カ所、この意見に従って記述を改めたもの二種類三カ所でございます。検定意見に従わずに検定後も「侵略」と書いておる教科書は四種類、個所として七カ所ございます。かようなことにな
仰せの御趣旨は十分理解できることでございまするので、いろいろな機会を通じて日本における検定の制度、仕組みについての理解を深めてまいりたいと考えております。
仰せのとおりでございます。
教科書検定の制度は、教育の水準を全国的に同一に保つという要請、もう一つうそを教えることがあってはいけない、かような要請を満たすために実行している制度でございまして、この制度の基本は維持していくべきものだと、こう考えております。
教科書検定の制度につきましてはただいま中央教育審議会に諮問を申し上げております。遠からず答申がちょうだいできると期待をいたしておりますので、その時点で答申の趣旨を尊重して考えてみたいと、こう思っております。
しかと承りましたので、誠意を持って全力を挙げて努力をしてまいるつもりであります。
謙虚と申します言葉は、もともと姿勢、心構えをあらわす言葉でございまして、もともとこの言葉に……
具体的な内容があるわけじゃございません。外国におきましては、日本の検定制度等について十分理解していない点もございましょう。あるいはまた、中国の申し入れにいたしましても、新聞の報道によればと書いております。検定の結果が新聞に報道された時点で、いろいろな基礎的な知識を持たない人がこれを読みました場合に、あたかも文部省がすべての教科書から、たとえば「侵略」という言葉を強制的に抹殺したのではないかというような印象を受けるかもしれない、そのような印象を受けるということもきわめて自然なことであるかもしれないと私は思っております。ですから、これはもともと日本の国内問題であって、要らざる世話をやいてもらいたくないというような高飛車の態度に出てはなら
日本が過去に中国に対して行った行為は中国に多大の損害を与えた行為であって、厳しく反省されなければならないやり方であるということを教科書は明記いたしておるわけでございます。先生仰せのとおり、事実を事実として率直に認めておるわけでございます。 「進出」、「侵略」ということについては初中局長からいろいろ答弁申し上げましたが、たとえばアヘン戦争という戦争は弁護の余地のない戦争だと私は考えております。明らかにこれは侵略でございましょう。これをしからば「進出」と書けば悪いのかというと、必ずしもそうは考えておらない。これは歴史の教科書でございますから、価値判断を伴わない客観的な言葉を用いる。イギリスが中国、当時の清国に軍隊を入れたと客観的にと
これは今日の教科書がきわめて率直に書いておりまするとおり、正当化することのできない戦争だと私は考えております。
ただいま申し上げましたように正当化することはできない、弁護することのできない戦争だと考えております。
これは国際問題でございます。この種の仰せのような事例についていろいろな事例もあり、慣行もあることでございましょう。これは文部省から答弁申し上げるのはしかるべきではないと思います。
一般的に「侵略」という言葉を一切使うべからずということを申しておるわけではございません。「侵略」という言葉が「進出」等の言葉に改定されました経緯については、先ほど来るる御説明申し上げたとおりでございます。
先ほど来繰り返して申し上げておりまするように、歴史の事実を歪曲するというような意図は毛頭ございません。日中間の戦争にいたしましても、戦争の事実そのものは客観的に正確に記載をいたしておるわけで、一つの例でございますが、ただその表題について「日本の中国侵略」となっておったのが「満州事変・上海事変」というふうな、より客観的な価値判断を伴わない言葉に改まったというだけのことでございます。反面におきまして、かつての戦争が支持しがたい戦争であるということについてはことごとくの教科書は書いておりまするし、日中の友好親善にこういう過去の事実の厳しい反省に立脚して努力すべしということについても書いておるわけで、歴史の教科書はそのようなことを書く場では
御質疑につきましては、御質疑の冒頭に答弁を申し上げたとおりでございます。これは繰り返す必要はないかと存じております。
侵略戦争でないなどということは毛頭申しておりません。支持することのできない戦争だと明確に申しておるつもりでございます。再びとおっしゃればそのとおりにお答えする、そうではないことを申しておるわけじゃございません。