終わります。
終わります。
社民党・護憲連合の山内徳信でございます。 質問に入ります前に、今日は両筆頭、そして委員長の御配慮をいただきまして、いつもは最後でございますが、今日は午前中に時間を位置付けていただきまして、しかも、少しまとまった時間いただけましたから、私もまとまった質問をしたいと思っております。ありがとうございます。 最初に、防衛大臣に伺っておきたいと思います。 普天間飛行場に行かれて、その周囲から、嘉数台地とかあるいは普天間第二小学校辺りから御覧になって、その深刻さ、そしてその状況は、今日はずっと人権問題が語られてまいりましたが、そういう人権侵害にも相当するような実態だと私はかねてから思って、そういう指摘を申し上げてきたんです。 そ
憲法をしっかり読んでくださいね。憲法九十九条。憲法九十九条には、国民は憲法を守れとはどこにも書いていないんです。天皇陛下、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負うと書かれておるんです。ですから、玄葉大臣も田中大臣も憲法をちゃんと守って、人権を守る、差別をしないと、こういうのが国の骨格になっておるんですよ。そういうことをちゃんとわきまえて大臣の仕事を進めていただきたいと思います。 次に進めてまいります。 もう既に申し上げたとおり、総理大臣だとか防衛そして外務大臣が何度沖縄訪問をされて、頼みますよ、頼みますよと。基地の受入れを聞いてくれ、それが抑止力だ、それが国民の安全保障だと。安全保
簡単におっしゃってください。
心にもないようなことはおっしゃらぬようにしてください。今おっしゃったのは、今までずっと言い続けてきた言葉を羅列しておるだけの話です。 私は、パッケージ論は失敗すると、このグアム協定パッケージ論は必ず失敗すると。それをずっと記憶していらっしゃる、元、私が尊敬する北澤大臣が今日は委員会に出席でございます。 私は、一度もこのパッケージ論は成功するとは申し上げなかった。それは、ああいう基地の中に六十年も生きてきた人間の直感です。基地問題をずっと、四十年もかかわってきた人間の感覚なんです。こういうふうに普天間を辺野古に移せば嘉手納以南の五施設は全部返還しますよと、こういうふうなことはムカデ競争みたいなものだから、必ずこれは途中で倒れま
終わります。
社民党・護憲連合の山内徳信でございます。 本日は、御三名の公述人の先生方、大変ありがとうございました。 私は十分でございますから、基地問題の専門家の岡本さんに最近の見解を伺っておきたいと思っております。よろしくお願いいたします。 私はここに参りまして感じますのは、基地問題を解決するためのそういう政治的な人材、官僚的な人材、国家公務員にもう人材が尽き果てておる、そこに不幸な面の一部があると見ておるんです。あの当時、普天間を動かそうといって、橋本総理の補佐官として岡本さんがほとんどの時間の大半、沖縄の全ての市町村を回り、そして、私が感動しましたのは、あの伊江島の阿波根昌鴻という、沖縄のガンジーと言われた人の前に来られて深々と
この辺野古問題につきましては、アメリカも、連邦議会の上下両院の議員の中にも、補佐官の中にも、シンクタンクの皆さん方の中にも、辺野古についてのもう可能性はないと、こういうふうな状況があります。私は、一月の二十一日から二十八日まで、国会議員も十二名に会いまして、それからシンクタンクを含めて、このSACO合意とかその後の日米合意に携わった方々にもお目にかかってきました。率直に気持ちを聞かせてほしいと、そういうふうに申し上げたら、やはり辺野古についてはもう新しい選択肢を考える時期に入ったと、こういうふうなことをおっしゃっていたわけでございます。 沖縄はといいますと、先ほど三分の一はというお話がございました。そういうふうな三分の一、三分の
あと一分ありますから、一つ最後に伺いたいと思います。 辺野古移設が日米合意事項だからといって、もし日本政府がそれを強行するということがあった場合に何が起こるかということを私は想像ができるんです。島ぐるみの土地闘争とか、あるいは銃剣とブルドーザーとか、あるいは七十二時間の基地包囲のその闘争なんか全部見てきた人間として、今日まで日米関係、友好関係を築いて、戦後こっちまで来たわけです。これに傷つけるわけにはいかぬだろうと、こういうふうに私も思っておりまして、傷つけないためにはどうすればいいかと、こういうことが、今、政治家にも政府にも官僚たちにも、そしてアメリカはそれを心配しておるんです。 そういうことで、このことについて、やはり血
ありがとうございました。
社民党・護憲連合の山内徳信でございます。 今年は復帰四十周年の節目の年を迎えました。復帰後の沖縄の復興、発展を目指し、三次にわたって振興特別措置法と軍転法が制定されてきました。この度の振興特別措置法と軍転法制定に向け、政府関係者、与野党関係者の熱心な御努力によりまして、沖縄の期待に一歩一歩こたえていこうと、そういう努力が積み重ねられてまいりました。今も質問ありましたとおり、一〇〇%というところまでは行っておりませんが、今朝八時から与野党の関係者が集まりまして法案の最終調整、最終確認が行われました。私は、沖縄出身者として、関係者の御努力と誠意に敬意を表したいと思います。 そして、それは第一次沖縄振興開発特別措置法の、その法律を
やはり沖縄は、基地の島にするんじゃなくして、この万国津梁にうたわれておるような、そういうアジアの中にあって、その中心的な経済・文化交流の役割を果たしていけるような、そういう方向付けを今後とも県、政府を挙げて方向付けをやっていきたいものだと思います。ひとつよろしくお願いいたします。 同じく、所信表明の中から少し確認をしながら大臣のお気持ちをしっかりと受け止めておきたいのがございまして、これは、普天間飛行場の移設問題については、沖縄県民の皆さんの思いを受け止めながら、ここが重要なんですね、受け止めながら、しかし、しかしとは書かれていませんが、政府方針の下、関係閣僚と連携し、真摯に取り組んでまいりますとうたわれております。 これは
今の大臣のお言葉は、苦しい中にあっても沖縄県民と寄り添っていきたいと、こういうお気持ちだったと受け止めておきたいと思います。 新しい法律の中にも、交通体系として鉄軌道についての表現も織り込まれております。内閣府としてこれから十年間、どういう構想、どういう計画を持って推し進めていかれるのか、少し伺っておきたいと思います。
政府関係者がこの鉄軌道を議論いたしますときに最初に出てくるのは、採算性が成り立つのかと。このことの検討も重要と思っておりますが、鉄軌道が走ることによって沖縄の、沖縄全体の産業がどう発展していくのかと。したがって、私は、鉄軌道は、これは沖縄の将来への発展の骨格、背骨を通すようなものだと。したがいまして、それを通してどのような波及効果が生まれるかというところの検討が少し弱いような感じがするんです。是非お願いを申し上げたいと思います。 それから、次に進めてまいりますが、今日は戦没者遺骨収集事業の連携について、今日は午前も、遺骨収集問題については硫黄島を含めて、そして沖縄の遺骨収集についても深い思いを込めての質問がございました、私も感謝
次は外務大臣に移ります。少し緊張してくださいよ。 その一、基地問題をめぐってなぜ沖縄県民が日米両政府の基地政策について不信感を抱いておるのか、なぜ反対をするのか、なぜ拒否し続けているのかお分かりですか。伺いたいと思います。
そういう認識ですから、沖縄の人は、総理大臣が行かれても外務大臣や防衛大臣その他が行かれても、喜んで歓迎するということはしないんであります。 確かに、戦後、基地を造るために銃剣とブルドーザーを突き付けられて次々と基地ができていくわけです。それを私は目の前で見てきた世代の一人でもあるんです。しかし、身内のことを忘れてはいかぬのです。沖縄の人々の心の底に、深層心理の中にずっとありますのは、やはり沖縄戦のときの旧日本軍のやったその行為がずっと尾を引いておることを忘れてはいかぬのです。 したがいまして、アメリカ軍は銃剣とブルドーザーを突き付けた、日本軍は、二、三例を申し上げますと、三十二軍の司令部から出た文書がありますよ。それは、沖縄
社民党・護憲連合の山内徳信でございます。 私は、最初に防衛大臣の方から質問をいたします。単刀直入に質問いたしますから、ひとつ大臣、歯切れよくお答えをお願いしたいと思います。 MV22オスプレイの普天間配備は今年の何月ごろから始まりますでしょうか。そしてそれは、同時に直接普天間飛行場への配備ということになるのか。 アメリカにおいては、オスプレイ配備に向けても環境影響評価調査が実施されておると聞いておりますが、普天間にはあるいは日本国内にはそういうことは必要でないというお考えなのか、お答えいただきたいと思います。
アメリカにおいては、オスプレイ配備に備えて環境影響評価が実施されておると私は聞いておりますが、日本国内にはその必要性はないという防衛大臣の見解でしょうか。
大臣は、あのアセスは辺野古に対するアセスであって、普天間飛行場についてのアセスじゃないでしょう。お答えください。
防衛大臣、環境影響調査に向けての方法書、準備書、評価書のどこにもオスプレイについての記載はございません。 お答えください。