今、久間長官から、大臣から言われたことは、施設庁を廃止して内局に統合する、これが一つですね。それから、人事交流も行うことによって、ある一定の専門家が余りとどまることがないようにということをおっしゃられたわけですね。ここに尽きるんでしょうか。それとも、何かまた、まだ別のこともさらにあるんでしょうか。
今、久間長官から、大臣から言われたことは、施設庁を廃止して内局に統合する、これが一つですね。それから、人事交流も行うことによって、ある一定の専門家が余りとどまることがないようにということをおっしゃられたわけですね。ここに尽きるんでしょうか。それとも、何かまた、まだ別のこともさらにあるんでしょうか。
今最後におっしゃられた査察本部、これがやはり大事なんだと思うんです。 私の出身の外務省でも、いろいろなことがあって、そういう仕組みを取り入れたように私は認識しているんですけれども。機密費でいろいろ揺れて、そして外務省には今、監察査察室というのがあるようなんです。これは私が今突然大臣に申し上げているわけですから、大臣もそれを初めて聞かれるかどうかわかりませんけれども、監察査察官という制度があって、そこには現役の検事さんが来ているということだそうなんです。 やはり私は、そういう意味で、言ってみれば第三者的な、そういうことをある意味で本職にしているシステムを取り入れることが国民の信頼をかち得ていくためには非常に大事なことだと思うん
久間大臣、ということは、現職の検事さんの可能性も含めてお考えいただく、こういう答弁と解してよろしいですか。
今、可能性として排除しないという答弁があったわけですけれども、現実にこういうことをこれから考えていく際に、どれぐらいのタイムスパンというか、いつごろまでにこれを考えようとされているのか、そこをお聞かせいただけますか。
官房長、ということは、内局に、施設庁を廃止した後の機構を、機能を統合される、そういう予算を要求される一環として、こういう監察査察官的なものについても予算を考えていかなければいけないと思っておられる、こういう答弁ですか、今のは。
今官房長が言われたのは、久間大臣も言われた査察本部のことを言っておられるわけで、私は、査察本部というものが形だけできても、それはやはり正直、魂がまだ入っていないかもしれない。そういう意味では、国民は正直言ってびっくりしたわけですから、そのびっくりしたところをいかに信頼をもう一回かち得ていくかという作業なわけですから、ある意味でドラスチックな人事のことも考えていただく必要はあると思うんです。 久間大臣から既に前向きの答弁を私はいただいたつもりですけれども、重ねて、大臣、いかがでしょうか。
気持ちは十分受けとめていただいたわけですから、私はそれでいいですけれども、他方、長官もいろいろ防衛関係の行政にお詳しいですから、役人のマインドを理解されようとする余り、ある意味で、政治家として、ここはこうなんだというところをやはり覚えておいていただかなきゃいけない。そういう意味で、今回のものはやはり区切りをつけるという政治的な決心というものが非常に大事ですから、役所の仕組みにとらわれずに、大事なポストですから、ある意味で高いポストとしてお考えいただくことが非常に大事なので、そこはよろしくお願いします。 そして、一般競争入札ということがこれから非常に大事なポイントだと思いますけれども、今回の事件を経て、既に一般競争入札になっている
今鋭意進めておられるということですけれども、現実にいつからそういうシステムが発効するのか、あるいはスタートするのか、そこはどうでしょうか。
ということは、ほとんど一般競争入札という形が既に整いつつある、こういうことでよろしいですか。
さらに、あと人事の問題があったと思います。 防衛施設技術協会というもの、これがいろいろ一つの温床のように言われているわけですけれども、こうなったらここも、ある意味で、ちょっともう解散した方がいいかなという議論があると思います。これについては解散をいつごろ考えておられるか、いかがでしょうか。
十八年度中にこの防衛施設技術協会は解散するように話をしている、こういう答弁でした。 こうなってくると、要するに、仕組み的には施設庁を廃止して内局に統合、それから、人事的にはそこの担当が長いということが起こらないようにいろいろと交流を行う、こういうことで、あと残るのは結局査察の仕組みになるんですね、一番安心するためには。やはりここに、ああ、これは大丈夫だということがわからないと、何か査察はできたけれども身内でやっているそうだということでは、やはり納得がいかないと思うんです。 これに関しては、正直、ある意味でまだ確定的な答弁というものはなくて、前向きに検討します、気持ちを酌んでいただいているという次元に今とどまっているわけですけ
気持ちも酌んでいただいたし、言っていることもよくわかるとまで言っていただいているわけですけれども、今おっしゃった、例えば役所のほかのところから、局長級もしくは局長以上のポストを新設しようとしているんだから、それは全体のスクラップ・アンド・ビルドもあるだろうと。それは確かに役所の仕組みを長官もよく御理解されているからの話でしょうけれども、ここは例えば、防衛庁が血を流して、自分のところの局長のポストを一つ削ってそこをつくるということも実はあり得るわけですね。これは政治家としての大臣の胸先三寸というところもあります。 したがって、全体の流れをよく見るというのはそのとおりですけれども、しかし政治家として、自分のところの血を流して、査察官
もうのどからここまで出かかっているというぐらいの答弁だと私は受けとめて、そこはそういう方向でぜひ考えてください。 査察ということになると、ほかにもいろいろチェックすることはあるんでしょう。例えば自殺の話ですね。私も数字が頭に入ってしまいましたけれども、六十四人、八十五人、八十一人、百人、百一人、正直びっくりするような数字ですね。それは幾ら世帯が大きいといっても、一つの役所で今百人前後が自殺をするというのは、正直、これは尋常ならざる事態です。 本会議のときには久間長官からそんなに詳しい答弁はもちろんなかったわけですけれども、やはりここは、相当組織としてきちっと立て直していかれることが必要だと思うんです。それは、アメリカの軍隊で
久間長官、その原因について詳しく今まだ答弁をいただいていないわけです。 各年の例えば……(久間国務大臣「人数とか」と呼ぶ)そうですね。原因の内訳のような、類型によっての内訳というよりも、さらにもう少し詳しい説明をいただけますか。
増田さんとは同じ課で、専任部員と部員ということで本当にお世話になって、情も深い人だということはよくわかっていますから、この自殺の問題についても担当されていることについて、私はもちろん安心しています。しかし、原因がしっかりわからないと対応もきちっとできないわけですから、したがって、原因についてわからない部分が多い、不明の部分が四十六人とか五十二人とか、ある意味でほとんど半数ですね、そういうとこら辺が、やはり防止策を考えられるに当たっては非常に苦労されているのかなと。 大臣、具体的に、この自殺の問題、これを防止あるいは対応する際に、まだ具体的なメカニズムあるいはアクションについては答弁がないわけですけれども、どういうふうに具体的な対
私、一つ大事なポイントを最初に聞いておくべきだったんですけれども、原因の中に、最近、自衛隊として海外に派遣するケースがふえているわけですけれども、そういうことと関係したケースというものがあったかなかったか、ここはいかがでしょうか。
ここはいろいろ考えなきゃいけない問題がたくさんあるということが最後わかったわけです。 査察の制度も含めて、査察本部というのをおつくりになられるわけですけれども、この談合問題、まだまだはっきりしていないのみならず、そういう新しい問題も含んでいるわけですから、そういう意味で、大臣、現職の検事も含めて、私の気持ちをしっかり酌んでいただいたわけですから、済みませんが、よろしくお願いします。 終わります。
民主党の山口壯です。 このJBICとそれからJICA、いろいろな意味でこれからODAの一体化という話が出ましたけれども、私も昔、経済協力局というところにいて、当時は中曽根総理がレーガン大統領に会われるというので、何か玉を用意しなきゃいけないというので、アフガニスタンの援助とかパキスタンの援助とかエジプトの援助を、紛争周辺国援助とかいって名づけて、いろいろ国別にどういうふうにODAを、言ってみれば、これこそ文字どおり戦略的に活用するかということをやっていたわけですけれども、現実にこれから国別援助政策がなされるというよりも、今までもう既に外務省はそういうことをきちっとやっていたと思うんですね。 今回、どういうふうにそういう意味で
今言われたのは、多分気持ちの問題で、さらに頑張ろうと。形の問題では、官邸というものを上につけて、さらにJICAで実施の仕組みを統一された、こういうことだと思うので、それはそれでいいと思うんですけれども、官邸の役割で、例えば中国に援助をこれからどういうふうにするのかとか、いろいろな話がありますね。 例えばこの対中援助、これから毎年の方針とかそういうものはどこで決めるんでしょうか。官邸になるんでしょうか、あるいは外務省なんでしょうか、あるいはJICAなんでしょうか。
今の答弁は明快だったと思いますよ。大きな方針については官邸もかかわるけれども、国別の毎年の方針等は外務省でしっかりやっていく、これでいいと思います。 それで、例えば中国について、中国も核実験を何度もあるいは何十回も行っているわけですけれども、中国が核実験を行った際に、一番新しいというか、相当古いけれども、一番最後は一九九六年七月二十九日だそうです。この際、これを踏まえて、日本として援助の分野でどのような措置をとったんでしょうか。