今、土屋議員が援助のことを話されて、私も、実は非常に大事なことを言っておられると思うんですね。 私も、ちょうど一九八〇年から八二年まで経済協力局にいて、局長のかばんを持ってこの部屋に通ったり、当時、麻生大先輩は、二十年前、まだもう少し若かったですか、時々委員会に顔を出す、ああ、忙しいんだな、委員会から委員会へ行っておられるんだなと。当時、原田委員長も若くて、さらに若くて、のしのし歩いておられるのを思い出しました。 そのときに、こういうことがあったんですね。当時、八二年から八四年までというのは、ちょうど鈴木善幸さんから中曽根さんにかわられたような時期なんですけれども、アメリカの方から、日本は世界にどういう貢献ができるんだという
