そうすると、国連の政治委員会における松井代表の発言、いわゆる核非保有国の個別的あるいは集団的な安全保障の取りきめという問題は、これはきわめてばく然としたものであるが、とにかくそういうものがなければならないという主張をする御意思でございますね。そういたしますと、現実当面の問題として、白米安保条約というものは、すでにその範疇に属するものである、こう考えていいのじゃございませんか、先ほどの核のかさの御説明から類推いたしますと。
そうすると、国連の政治委員会における松井代表の発言、いわゆる核非保有国の個別的あるいは集団的な安全保障の取りきめという問題は、これはきわめてばく然としたものであるが、とにかくそういうものがなければならないという主張をする御意思でございますね。そういたしますと、現実当面の問題として、白米安保条約というものは、すでにその範疇に属するものである、こう考えていいのじゃございませんか、先ほどの核のかさの御説明から類推いたしますと。
そうすると、日本の平和と安全というものは、つまり結論として言えば、アメリカの巨大な核報復力に依存しておるとこう政府は申されるのでありますか。
防衛局長おられますか。――現在アメリカは一体核兵器はどの程度の蓄積をいたしておりますか。
いまの防衛局長の御説明によると約九百億トン、まあ人類一人当たりに配給すると、大体一人が三十トン程度の爆弾を配給されるということになる。おそらく全人類が何回でも繰り返し絶滅をされるような、まことにおそるべき巨大な報復力をアメリカは持っておる。そうして大臣は、この巨大な報復力に日本の平和と安全は依存するのである、こうおっしゃいます。憲法は一体、前文でどう言っておりますか。憲法はその前文でこう言っておるではありませんか。「日本國民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とあります。ところが、いま政府の言われると
大臣は、いま私が読み上げました憲法の前文は理想である、しかし現実に即して、日本の自衛というものも考えていかなければならぬ、こうおっしゃいます。私は何も第九条の解釈をめぐって堂々めぐりをしようとは思わないが、大臣の言われたことは、憲法にうたわれていることは理想である、しかし、現実はそれを許さない、そこで日本の安全と生存を保持するためには、その巨大なアメリカの核報復力に、憲法の精神に違反しても依存せざるを得ない、これが政府の見解でありますか。
問題は、日米安保条約を通じて日本の安全を維持されようとしておるということが、ことばをかえていえば、アメリカの巨大な核報復力に日本の平和と安全を依存するということになるじゃありませんか。
他国の公正と信義に信頼すると言いながら、相互の不信に発したこの巨大な――巨大であるかないかわからぬというが、九百億トンということになるとどうなるか。あなた自身が背中に三十トンの爆弾を背負っているのですよ。こういう相互不信に発した巨大な破壊力に日本の平和と生存を依存しておるということになれば、明らかに憲法違反ではありませんか。
大臣は非常に現状のいわば世界の力関係の現実に即して発言をしておられるから、一応政府の立場としては私は了としましよう。しかし、それでは、万一核戦争が起こったらどういう被害の状態になりますか。これについては、アメリカ等においてはいろいろ両院の公聴会等を通じて検討されておる。国連局長、御存じであるなら伺いたい。
核報復力というものは、攻撃をする意思があるという、そこに報復力というものの意味があるじゃありませんか。それが正式な報復をする意思のない抑止力であるならば、そういうものは全面的にいつでも取り払えるが、キューバの事態をごらんなさい。一触即発、攻撃する意思がある。そこに戦争の抑止力として働いたのじゃありませんか。それでありますから、アメリカにおいてもやはり思い切って、万一の場合に備えてのいろいろな損害の評価をやっておる。また先制攻撃を有利にするためには、ずいぶん多額の金をつぎ込んで迎撃ミサイルの開発をやっておるじゃありませんか。ところが、一体核戦争が起こったらどんな被害があるかわからないと言われる。ここにちゃんと資料がある。これはマクナマ
まあ一口に申せば、万一にも全面的な核戦争が起これば、これは共倒れの戦争になる、勝者のない戦争になる、廃墟になる。しかしながら、大臣の説明によると、行きがかり上、現実にはそういう方向に動いておるのは、これはいたし方がない。したがって、日本としてもそのいずれか一方の側の核報復力に依存をしなければならない。これは日本が自衛を認められている以上は当然なことであって、憲法違反ではない、一応そういう論理になっておるわけです。核報復力が抑止力の形においていま暫定的な平和の均衡というものが行なわれておる。それは具体的に言えば、きわめて暫定的なものである。現実にはとにかく圧倒的な核攻撃による大量破壊力、この攻撃兵器は相手の先制攻撃にも不死身としておる
私はさっきからそこを問題にしておるわけです。 防衛局長にお尋ねをするが、部分的核停協定は、なるほど米ソ間における平和共存への大きな前進ではある。しかし、地下核実験が残されておるが、その後地下核実験は米ソにおいてどの程度に行なわれておるか、またその地下核実験における実験規模はどのようにまでいわば向上し、どの程度の規模の核兵器の実験も可能となっておるか、これらの点について、あなた方の資料があったら御報告を願いたい。
それではこの資料が手に入るものなら、われわれの重要な参考でありますからできるだけ提出を願いたい。 ただしかし、新聞の伝えるところでは、アメリカは公表されたものでも七十回、またソ連は探知されたものでも五回以上というふうな数字が出ておる。おそらくそれは最低の数字だと思います。こういうわけで、この部分的核停ができても、やはり地下においては新しき核兵器の開発が進められておるという現状なんです。そのような悪循環を一体どうして断ち切るか、これが今日世界の人類に与えられた大きな使命でなければならぬ。特に唯一の被爆国である日本にとっては当然な権利ともいえる、崇高な義務ともいえる。ところが、これを安易に現実に堕して、しかもその現実というのは、万一
しかし大臣の先ほど来言われたことは、核兵器を神の座につけると言ったのに対しあなたはお灯明と言われたが、核兵器に日本の安全を依存せざるを得ないということを認められておる。したがって、依存しておる、こういうことだけは間違いはないのでしょう。
そこで私は、さっきもし核兵器の戦争が起こったらどうなるかということを申し上げた。むしろ現実はそこにあると思う。大体核兵器のいわば報復力に依存する、巨大な報復力を双方が持つ、しかし報復力というものは、報復する意思を伴うものであり、抑止力であると言ったって、科学の発展とともに、いつそれがくずれるかわからない。迎撃ミサイルがもし開発されたら、もうすでにその瞬間にこわされてしまう。こういう不安定なものに日本の平和と安全を依存をする、これが長崎やビキニやあるいは広島でもう身近に切実な犠牲を払っておる日本のあり方として正しいかということを私は申し上げておる。ところが大臣は、これはいたし方のないことだ、こう言われる。 そこで、それでは私ははっ
われわれはこの中国の核能力を別に過大に神経質的に評価する必要はちっともないと思う。といって何しろ一衣帯水の中国のことでありますから、その国防力、いま御説明の核能力というものはやはり正確に評価しておかなければならぬ。大体いまの御説明によると、これはNATOの理事会におけるマクナマラ長官の発言はここにも、ございますが、とにかくここ二、三年のうちには比較的射程距離の短いおそらく千二、三百キロ程度までの核弾頭を持った中距離というよりは短距離弾道弾の実戦化にはなるかもわからぬ。六八年から九年には何発かを実戦的に装備し得る段階になり、一九七六年には数ダースを配備する。一九七〇年までにはアメリカに届くICBMの配備が始まるし、兵器用の核分裂物質は
一九六三年の十月、中共の陳毅外相がこう言っておる。これは日本人記者団との会見のときの発言であります。「原爆ミサイルがなければ、国防上十分とはいえない。」と、そうして中国は核開発に乗り出しておる。国防上安全ではないので、中国が核開発に乗り出さざるを得ないようにせしめたものは一体何なんです。だれが中国をしてそうせしめたのです。どう判断されますか、外務大臣。
いま申し上げたように、陳毅外相をして、国防上原爆ミサイルを持たなければ十分ではない、こう言わしめておる。そうすれば、中国は現実に核脅威を感じておるということなんです。それはたとえば沖縄における核基地の問題もございましょう、あるいはまた第七艦隊に万一戦爆両用機があって、原爆投下ができるかもしれません。こういうように、B52が沖縄を回って北ベトナムを爆撃しておるという事情もある。こういう核兵器、戦略兵器なり戦術兵器をもってするこういう中国封じ込め政策が、中国の外務大臣をして、国防上原爆ミサイルを持たざるを得ないと言わしめたのではありませんか。もちろん政治的な意図、いろいろな意図もございましょう。しかし軍事的に考えてみた場合、国防上脅威を
問題は、アメリカはいわゆる力の政策、パワーポリシーのエリートだ。これだけ激しくアメリカと対決をしておる中国であるから、やはり核開発をやって、同じくパワーポリティックスの上に核開発を進めるということも考えられると思う。しかしまた一衣帯水の隣国においてこのような事態が起こる、アジアに核兵器の引き金がふえるということは断じて好ましい事態ではない。とすれば、日本とすれば、政府がしばしば言うように、東西の接点であるというならば、今日のきびしい米中の対決の中において何らか独自な役割りを持つべきではないか。政府はそれを全然なまけて、そしてただいたずらにアメリカの核抑止力たる大きな報復力に日本の安全を依存する、これでは米中の対決というものはますます
見込みがない、見込みがないとあきらめて手を出さない、そうなればますますアジアには核兵器の引き金がふえて、そしてこのことはひいては日本の平和と安全にもかかわってくる、こういう悪循環を断ち切るべきことが日本としての当然のつとめであると私は思うが、いたしかたがないから拱手傍観をしておる。アメリカの内部ででもごらんなさい。これは新聞報道であるが、昨年の十一月末に国際協力のためのホワイトハウス会議、ここで元ケネディ大統領の科学特別顧問をしておられたウィズナー博士が議長になってこういう結論を出しておる。「いずれは米国も中国も軍備の管理について話し合わなくてはならない、しかもこの討議は早く始めるほど有効である」こういうような結論を出しておるわけで
世界軍縮会議が来年開かれることになっておることは言うまでもない。しかも世界軍縮会議は中共を除いては軍縮を論じ得ないという段階に来ておるので、ぜひ中共を加えようという――私は中共がたとえアメリカの一部の人が言うように侵略的であり、好戦的であるとしても、やはり一つのテーブルに着くということが何よりも好ましき大きな前進であると思う。ところが現状においてはなかなかその可能性がないようにも見受けられる。アメリカは世界軍縮会議の参加についても賛成をしながら、基本的な点においては保留をつけておる。中国はその後に全然参加はしないといったふうなかたくなな声明を出しておる。こうあってはいけないのだが、世界軍縮会議に中国を参加せしめるために政府として積極