そこで、私は、このことは一体何を意味するのかということなんです。このことは、結局、悪循環を断ち切ろうということは、これまで大国がとっておった核抑制政策というものに終止符を打つべきだ、終止符を打たるべき時期が来たのだ、私はそう解釈するのです。その点は外務大臣はいかがお考えでありますか。
そこで、私は、このことは一体何を意味するのかということなんです。このことは、結局、悪循環を断ち切ろうということは、これまで大国がとっておった核抑制政策というものに終止符を打つべきだ、終止符を打たるべき時期が来たのだ、私はそう解釈するのです。その点は外務大臣はいかがお考えでありますか。
私、誤解なんでしょうか、大臣のお答えを聞いておると、いままでのものはいいんだ、これ以上開発をしないということなんだというふうなお考えに見えるのだが、そうじゃなく、悪循環を断ち切るというのは、これまで大国が持っておった核抑制政策に対して大国自身がみずから終止符を打とうとする姿勢ではないか、してみれば、これを批准をする国々は全面実験の禁止から核兵器の撤廃にまで推進する義務があるんじゃないかということを私は申し上げておるわけなんです。大臣は、そう申し上げたら、大体私の申したとおりであると言われて、あとで、何か現在までのものは云々というお話をしておられるので、私は大臣の御答弁を非常に捕捉しがたくなったのですが、どういう御趣旨なんですか。
わかりました。大臣のお察しは、私も推測をしておる点なんです。いま私どもが核兵器の全面撤廃を幾百万べん叫んだところで、これが五年や十年で実現できるものとは思いません。しかし、それでは一体、具体的にそれをせしめるという決意をわれわれが持つならば、具体的にどうしたらいいかという道を探求すべきであるし、これに批准をした各国政府の協力のもとに、実験の全面禁止から核兵器の全面的な廃棄にまで持っていかなければならない。それには、軍縮委員会にまかせておくというのじゃなくて、これに批准をした国の共同責任として積極的にこの問題を取り上げるべきだと思うのです。だから、一体それをどうすればいいか、私にも何にも成案はございません。ただ、一部には、核兵器、特に
その次に、私は、そういうような考え方に立ちますと、現在のいわゆる集団安全保障というものはこのままでいいのかどうかということに疑義を持つのです。と申しますのは、現在行なわれている集団安全保障というものが国連憲章第五十一条なり五十二条から見て正しいかどうかという論議は別といたしまして、現在の集団安全保障というものは、日米安保条約をも含めまして、いわば大国の核兵器に依存をしておる、大国の核兵器の下に入っておるとよく人が言いますが、しかし、核兵器というものを撤廃する、全面禁止から全面廃棄までという決意に政府が立つならば、現在の安全保障体制というものに対しては再検討を加えるべき時期が来たのじゃないかと私は思う。特に、わが国の憲法の精神というも
その点では、私は大臣のお考えと全く対立をいたしますが、重ねてお尋ねいたします。日米安保条約というもので、やはり日本の平和と安全は終局のところアメリカの核兵器に依存をしておる、私はそう見ておるのでございます。これは違っておりますか。
そうすると、私は大臣自体の御見解に矛盾があるように思うのですが、先ほど、私は、この部分的核停の合意が成立した、しかもその目標として国連の核全面抑制、これはことばをかえて言えば力と力の均衡の上に平和が維持されるという方針に終止符を打とうとする意思がここに芽生えたものである、そう思われるがと申しましたところ、そのように理解するとあなたは申された。そうしてみれば、にもかかわらず力と力の均衡の上に平和は維持される、しかも核兵器全面撤廃を要求する日本がアメリカの核兵器の庇護にたよらなければ自国の平和と安全は維持されないということ自体、矛盾じゃないでしょうか。
ただ、それが、かつての方式としてはそれでよかった。しかし、水爆ミサイルというまことに巨大な破壊兵器が出現をしてきた。そして、アメリカの核兵器に日本の平和と安全が依存しておる、こうおっしゃいます。それではこれは一体どうなるのでしょう。私は、たしか昭和三十五年でございましたか、安保条約の改定の際、当時の防衛庁長官に予算委員会でお尋ねしたことがある。私がそのときお尋ねしたのは、日本が他の国から核攻撃を受けるという心配はないかということを申し上げたのです。そのとき、防衛庁長官は、もし受ければ相手は全面戦争を覚悟しなければならぬ、であるからそういう心配はない、こう答えられた。速記録がここにございます。ところが、ここまで核兵器が巨大になり、電子
私が申し上げたのは、問題は、相互防衛条約とか、また相互双務協定としての安全保障条約というものは、いわば、その同盟国が攻撃を受けたら、一方の国は、自国に攻撃を受けたもの、侵略を受けたものとして行動に出るというような約束をしている。そこで、大平大臣も、先ほど日本の平和と安全は終局的にはアメリカの核兵器に依存しているということを申された。ところが、今度は、アメリカにしてみれば、万一核兵器を発動させるということになれば、さっき防衛局長が言われたように、自国が一時間以内に壊滅的な打撃を受けるということになってきている。ここまで進歩してしまった。そうなれば、一体自国への侵略と同様にみなして行動に出るかどうかということについて、もう安保条約という
今度この核停条約の調印の際特に米ソ等の間において真剣に討議され、今後持続的に問題として検討しようとして取り上げられた課題は、ワルシャワ条約機構とNATOとの相互間における不侵略協定の締結の問題が一番強く取り上げられた。これは、すでに、アメリカの核兵器にと言おうか、いずれにしましても、東西両陣営の側に分かれて力と力の均衡の上に平和が保たれるというあなたのお説に対して大きな疑義が表明されたものじゃないでしょうか。それらの国々が今度不可侵条約を結ぼうというところまで立ち上がって、これが部分核停条約調印の際に真剣に取り上げられた。だから、ぼくは、そういう世界の動きの中で日本の現在の安全保障体制というものに検討を加えるべきだ、こう申し上げてお
たいへん時間も過ぎましたので、申し上げたいことは幾らでもありますけれども、ぼつぼつやめたいと思います。ただ、私が申し上げたいのは、私の記憶によると、この部分的核停条約の調印のあとに双方の共同声明として出されたものの中に、今後はNATO並びにワルシャワ条約機構の間の不可侵協定というものを持続的な課題として検討しようということが言われておった。だから、もしそうであれば、すでに、NATO諸国あるいはワルシャワ条約に結ばれたいわば東陣営の諸国が、みずからの集団安全保障条約というものに対して検討を加えようという段階に来ているのじゃないか、そうすれば、やはり、日本としても、またアジアの諸国としても、相互防衛条約とか集団安全保障体制というものにつ
泣くより笑えでして、いずれにしましても、部分的核停条約を批准する、しかも核兵器を持たないわが国が批准するということであれば、ここに新しい平和への道が開かれる。その道は、具体的にはこれまでの核抑制政策というものに終止符を打たなければならない。そのことをアメリカ自体も認めておるわけです。その矛盾に終止符を打たなければいかぬ。そういう立場は、力と力の均衡による平和の方式というものに対する大きな終止符を打つということなんです。だから、そういう見地から平和の問題を取り上げていくと同時に、これを批准するとすれば、わが国政府の決意もそうあっていただかなければならぬと私は申し上げたいわけです。しかも、制憲国会で、もし巨大な新兵器があらわれたときに、
これは私もわかりませんが、飛行機が最初に乗り入れたときに大平大臣が出かけて向こうの責任者と会って話してくるくらいの情熱があっていいと思います。そのようなことをきのうの新聞で中共の責任者が申しておることを私見たのです。やはり、こういうことが与える政治的・心理的な影響というものは、アジアの諸国、特に東南アジアの諸国に与える影響は非常に大きいと思う。これは東南アジアにおける各種の紛争を決して鎮静はしないで、かえって激化する可能性がある。だから、そういう意味でも、核兵器をもってする地域的な介入というものは、大国がすでに核抑制政策を守られて自粛しようとしておるのだし、これを批准する日本の政府としては、当然この問題は積極的に検討する値があると私
先般大臣の所信表明の中で、宇宙開発問題が大きな重点目標である、こういうお話がございましたときに、私は特に国内における開発体制がこれでいいのか、また国の予算がこれでいいのかということをいろいろ御指摘を申し上げたと覚えております。 ただ問題は、いまいろいろ各局長なり長官なり大臣のお話を承っておりますと、私ども痛感をいたします一つのことは、宇宙の利用に関する一本の法体系というものが必要なんじゃないか。宇宙開発というものの目的、意義、したがってまた各国のあり方、こういうものを規制する法体系が必要なんだ。これがないためにいろいろ各国における開発体制の足並みなりそういうものが十分整わない。しかしそれが、整えようという方向にはあるが、それに一
特に私ども苦い経験を持っておりますことは、原子力の問題、これが、当時はいわば冷戦のさなかであったために、一つはアメリカを中心とする双務協定ができた、一方ではソビエトを中心とする双務協定ができたということで、原子力の平和利用そのものが東西両陣営によって分割されておるというような状態であったことは、原子力の国際的な発展のためには決して望ましい姿ではなかった。このことは繰り返し私どもも委員会で御指摘を申し上げた。 ところが、部分的核停協定もどうやら百九カ国の批准を得ようという段階まで来ておる。いわば原子力を中心とする水爆ミサイルによる競合というものについての終止符の第一歩がいま現にわれわれの国会においても審議されておる。 こういう
御趣旨はよくわかりました。ただ、宇宙法の問題でも、国連の宇宙空間平和利用委員会に設けられた二つの技術的な委員会あるいは法律的な委員会、特に法律的な委員会でいろいろ議論が出て、十分煮詰められるところまできておらないような感じが私はするわけです。 ところが、昨年の議会同盟あたりで各国政府に、宇宙の平和利用、宇宙法の制定に関する勧告をいたしましたが、私もその会議に出ておりましたが、やはり宇宙の平和利用ということについては、まだ実際に人工衛星を飛ばしている国々はいい顔をしない。だから平和利用でなければならぬとわれわれは強く主張するのだが、結局勧告は各国の利益のためにという非常に解釈の幅の広いような表現に終わっているのが実情なんです。そう
それから、オリンピックの世界中継の問題です。私どもも決してオリンピックの世界中継というものを否定しようとする気は毛頭ございません。やられるものなら大いにやってもらいたい。私は技術的なことは何もわかりませんけれども、問題はオリンピックの世界中継というものが持つ意義でございますね。一つには、宇宙開発計画の国際的な協力の上に行なわれていく、宇宙の開発の中でオリンピックの中継というものがどんな意義を持つか。先ほどテレビによる世界中継というプロジェクトの中におけるデモンストレーションという規定で進められておるというお話もございました。私は、オリンピックの世界中継をやったら、それが日本の宣伝になったというような考え方に堕すということは、まじめに
別によけいなことじゃないのですが。 私は、オリンピックのテレビによる世界中継は、宇宙開発における実験計画の一環にすぎないのであるということ、宇宙開発というものを技術的に科学的に考えた場合にそう規定しなければならない、またそうあるべきものであるし、そこまでしか世界の技術が進んでおらないんだということなので、そういうものなのかどうか。これが直ちに宇宙利用されるということが、ともすれば日本では原子力発電株式会社のようなものをつくって、また今度民間会社が原子力発電をやろうということでどんどん進められておるようですが、やはりまだまだこれから開発の余地があり、研究の余地があるような問題は、やはり実験段階、研究段階と規定するならば、国がこの問
実は私が、国際協力における宇宙開発の実験的な一環としてのオリンピックの世界中継ということを強く申し上げましたのは、いま大臣もおっしゃいましたように、オリンピックというものは、もちろんこれは国境を越えた若者の祭典、オリンピック精神の一番基調はアマチュア精神。ところが、これがこの原子力の場合のように、利に早い人たちによってへたに悪用されまして一種のブームをつくる、その結果、手をつけた人がみんなまた赤字に悩むというようなことのないように、やはり実験であるならば、この研究開発については国がコントロールして、予算的にも国が処置していくという原則がやはり必要ではないか。それにはこれを実験計画として規定をするところから出発してもらいたいということ
そうしますと、オリンピックの世界中継は大体シンコム三号という方針でおられるが、これを使った場合は、おそらく三万七、八千キロくらい持っておるこのシンコム三号は太平洋のアメリカ、日本、ニュージーランド、そういうところ、シンコム三号の見える範囲内の国々だけに中継がされる、そういうことなんでございますか。
この前からアメリカには二回も実験をされておるし、それからヨーロッパでもフランスの受信地上局がキー・ステーションでしょうか、ということでヨーロッパ各地に中継されておる。ソビエトもやはり東欧圏を含めて一つのテレビについてのネットワークを持っておるはずだと思います。やはりここへも技術的に可能ならば、世界中継と銘打つ以上はてやってみていいと思うのですが、そういう計画はないのですか。